2017年04月06日

「あーもうどーでもいいや」

時と場合によっては「あーもうどーでもいいや」っていう風に思うことが出来るテクニックはやはり必要なんだなぁと。
(バカ)生真面目(堅物ともいう)故に、そこが欠落気味の私。物事に対してマクロ、ミクロ、両方の観点で見ないと実像を掴めない。

人それぞれ価値観が違うということをついつい忘れてしまう瞬間がまだある。相手に対して、自分の価値観の押しつけは必ずしも
それがその人にとって正しいわけでもなく。まぁ何でも「押しつけ」られて気持ちのいい人なんて誰もいない。

老眼は目の焦点を合わせる筋肉の力の低下が原因らしく、それを
防ぐ為には交互に近くを見たり遠くを見たりすることでその筋力の低下を防ぐことが出来るそう。

長時間、PC作業をする為に最近ではPC眼鏡を着用しているが、試しに眼鏡を着けずに作業したらめちゃくちゃ目が疲れた。知らないうちにPC眼鏡を着けているということが当たり前のことのようになっていると感じた。

大概のことは正反対のものと1つの対になっている。その対になっている対極のどの位置にそれらがあるかだけのこと。これはとても相対的なこと。

posted by YM at 01:39| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「閉じる」

人との「出会い」や「別れ」のタイミングや順番によって、その人生は多く変わるのだなぁと。それを「縁」と片付けてしまえばそれまでですが。

いずれにしても自分自身が「外」に対して「開いて」いないと「出会い」はないし、本来入って欲しいものが、あちらから入ろうとしているものをわざわざ自ら逃してしまう。
無理に引き寄せようとするよりも自らが「開いて」いることが大切。

また「閉じる」ことで自分のものを守ろうとしても自分にとって大切なもの失うものは失うし、去って行く。

posted by YM at 01:36| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【備忘録】

(演奏に関して)
自分の力3割程度使わずに7割で演奏する方が音色、音質、ニュアンスがより良く発揮出る。
それゆえに絶対量の底上げが必要。

(編曲に関して)
編曲する時に最も大事なのは幾つかの選択肢の中から最も適した「音」を選びプレイヤーが演奏することをワクワクさせるスコアを提供する。(プレイヤーが楽しめずに奏でた「音楽」をオーディエンスが楽しめる確率は極めて低いと思う)

選んだ「音」が本当に必要なのか?を常に問う。
理論上間違っていないものが全て「正解」とは言えない。
スコアに書かれたその音に「必然性」がないと、それは最良の「選択」とは言えない。

過去の優れた編曲者は皆、小編成ででも和声の豊かな立体的なオーケストレーションをし、プレイヤーに演奏することをワクワクさせるスコアを提供する。こういうプレイヤーの「気分」が全体の演奏に多く反映される。「おれ一人くらい、このパートを演奏しなくても体制に影響ないんじゃない?とプレイヤーに思わせるスコア書いてはいけない。


一般的な「禁則」を破るアレンジは、それらを熟知した上で敢えて書く場合と、それらの知識を持たずに書いた場合では全く意味合いと結果が違ってくる。
例えばそれを演奏するプレイヤーとの信頼関係、それに伴う「出音」が。
posted by YM at 01:03| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「がならない」こと、そして「おおらかに」

貞夫さんのビッグバンドに於いて、常に貞夫さんがメンバーに対してディレクションすることは一貫していて、音量が大きくても「シャウト」しないこと」「がならない」こと、そして「おおらかに」。
それらを留意して演奏すると自然と無駄なチカラが抜けて音が「響く」ようになると実感します。

毎回、貞夫さんのカウントによって曲がスタートするのですが場合によってはかなり同じ曲でもテンポが違うカウントになったりします。
特に今晩演奏した「Eye Touch」は今までにない程のスローテンポでした。普通は曲のイメージが大きく変わってしまって良さが半減してしまいのですが、今回のイエロージャケッツのリズムセクションはカウント時と同じテンポでそのテンポでの最適なグループを提供することでこの曲の新たな魅力的な表情を見ることが出来ました。このカンジがとても「Jazz」だと感じました。

レパートリーの殆どが貞夫さんのオリジナル曲でしたが、貞夫さんのメロディがテンポを限定しないフレキシビリティ溢れる曲だからというのも大きな要因かも知れません。

ブラジルテイストの「Simpatico」での貞夫さんのビートよりもちょっと早いタイミングで歌うのは、正にジョアンジルベルトの「あれ」と一緒。(歌う=レイドバックする)の反対のアプローチです。

まだまだ学ぶことが尽きません。

posted by YM at 01:00| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アレンジ法

あながちセオリーから外れていても、いい音がすることもあるのでとても面白い。内声を演奏する人の気持ち、モチベーションにフォーカスするともっともっとメロディックな内声が書けるはず。
和音の機能について話をしていくと必ず「緊張」と「緩和」、「安定」と「不安定」という表現になる。
これって音楽に限らず日常生活においても同様に当てはまるセオリーだと常に思うのです。「バランス」「力学」
実に面白い。
posted by YM at 00:57| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

建築と一緒

レコーディングしたものを違うバンド編成にリアレンジする作業をするのですが、こういった作業をするたびに、「建築」と同じようにベイシックをきちんと作っておくことがとても大切だ痛感します。基礎工事をちゃんとやっていないとその後の「増改築」でとても苦労したり、場合によっては新たに基礎から作り直さないといけないことにもなりかねません。
posted by YM at 00:56| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

情報量で勝負するんじゃなくて

そろそろ「解像度」を追求するのではなくて優れた墨絵のような単一色でどれだけ「立体的」に表現出来るかを追求する時期にきているような。




posted by YM at 00:55| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シンプル

それなりに知識を持ってくると知らぬ間に「余計」な回路を通って本質を見失うこと多し。本当はとてもシンプルなことなのに「知識」「情報」が邪魔をしてそこへ辿り着けないこと多し。
金管楽器を演奏することに関しても知識を持たない子供たちの方が素直に「音」を出せたりするのもそれが原因なのだろう。
ミクロな視点でしかモノを見ることしか出来なくなったら一度遠くからそれを見てみると改めてその本質が見えることもあるだろう。
逆説的に言えば複雑に見えるモノをいかにそれを分解して「シンプル」にする能力が必要なのかもしれない。
簡単なことを難しそうに説明するよりも、難しそうに思えることをその知識のない素人に分るように説明するテクニックの方が優れているし、そうあるべきだと常々思う
posted by YM at 00:52| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エヴァンゲリオンの吹奏楽版のアレンジ

これ懐かしい。
6年前にエヴァンゲリオンの吹奏楽版のアレンジ。もちろん同録。
何が面白いってN響、読響の方々がいたかと思えばパーカッションに仙波清彦師匠と三沢またろうさんをお呼びしたこと。
これも2時間完パケ。

こういうのもっと書きたいし演奏したい!

Composed by: Shiro Sagisu
Arranged by: Yoichi Murata

Flute: Akiko Osawa, 小林美香 (Kanagawa Philharmonic)
Bb Clarinet: Yumiko Itoi (芸大オケ), Miho Ozone (小曽根みほ), Fumie Kuroo (黒尾文恵) (Tokyo Philharmonic), Michiyo Satou (Tokyo Metropolitan), Naoki Hayashi (Tokyo Philharmonic), Mizuka Motoki
Bass Clarinet: Hidehito Naka
Oboe: Masakazu Ishibashi
Alto Sax with Adlib Solo: Masato Honda
Tenor Sax with Adlib Solo: Osamu Koike
Tenor Sax: Masakuni Takeno
Baritone Sax: Takuo Yamamoto
Euphonium: Ayano Iwakuro (岩黒綾乃)
French Horn: Hiroshi Matsuzaki (NHK Symphony), Yasushi Katsumata (NHK Symphony), 石山直城 (Kanagawa Philharmonic), Takanori Takahashi (Tokyo Philharmonic), Kazuko Nomiyama (野見山和子)
Trumpet: Koji Nishimura, Masahiko Sugasaka, Sho Okumura, Masahiro Kobayashi
Trombone with Adlib Solo: Yoichi Murata
Trombone: Adusa Tojyo (東條あづさ), Akira Kuwata (Yomiuri Symphony), Hiroyuki Kurogane (NHK Symphony)
Tuba: Shinpei Tsugita (Yomiuri Symphony)
Bass: Shigeki Ippon
Timpani: Midori Takada
Vibe&Glocken&Marimba: Tamao Fujii
Latin Percussions: Mataro Misawa
Percussions: Kiyohiko Semba
Drums: Yuichi Togashiki

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結局、音楽も「いい」とか「悪い」とかじゃなくて

それが「好みなのか、そうでないのか」だけのハナシ。
posted by YM at 00:47| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

悪い「癖」「習慣」を直すのはとても大変。

悪い「癖」「習慣」を直すのはとても大変。何しろそれはそこには「思考」などなく無意識で反射的に行なってしまうのだから。
それを正すためには一々シンプル且つゆっくり再確認しながら正していくしかないのだと思う。何事も。

posted by YM at 00:46| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

音楽は空気振動で伝える2

一つ前のポストに関連してですが、マイクを使ってPAするということが必須ということではなくて、マイクを使わざるをえない会場ではマイクも楽器の一部として捉えるべきだということでした。
「音」はいわゆる空気振動です。楽器が奏でた「音」が「空気振動」というエネルギーに換わるので、その振動が伝わらねば意味が無いということですよね。大きな会場であればあるほど、周りの楽器の音が大きければ大きいほどマイクを使ってアンプリファイドすることが必要になるのは当然です。

でも逆に狭いジャズクラブなどは PAを使わず生音で演奏べきだと思っています。この狭い空間でマイクを使わなくてはいけない状態は決して各楽器のアンサンブルがいい状態だとは言い難いと思います。
それはドラマーが大きく演奏しすぎる、ギター、ベースのアンプの音量が大きすぎることに起因することが多いようです。
小さな空間で空気振動を発生させるのと広い空間でそれをするとでは同じ
「音量」で演奏していいわけありませんよね。

ダイナミックスをきちんとコントロールしてるドラマーと演奏すると本当に楽しいですし、イマジネーション、アイディアも演奏中に湧きますし、何しろ疲労度が低いです。

でも自分の発信しているものもの(音、思い)が伝えたい相手(オーディエンス、共演者)に伝わっていなかったら発信する意味がないと思うので伝えたかったら、そのための術をちゃんと身につけておく必要があると思います。そしてそれは状況によってその方法は変わってくると思います。

「生音で空気振動が伝わないような環境、キャパシティの場所であるならば、音を届けるためにPAは必須。だからこそマイクの使い方等含めてそれらの知識を持つことも必須。」という例を挙げましたがこれって自分の何かを相手に伝えるというコミニュケーション論にも通ずるところがあるなぁと最近思っています。

話は脱線気味ですが、私はPA至上主義ということではなく、基本はアコーステック派ですので。(念のため)


posted by YM at 00:46| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

音楽の伝達は空気振動1

楽器の生音が客席まで届かないような大きなコンサート会場やスタジオでは(ライン楽器以外の)生楽器はマイクを通し、アンプリファイアされてPAスピーカーからその音を鳴らしているわけです。
いくら大きな生音を出してもマイクでその音を拾わなければ当然PAスピーカーから音は出ません。

つまり楽器から出る「振動」をマイクにちゃんと入れないとせっかくいい演奏をしてもオーディエンスにはそれが伝わりません。
また、たとえちゃんとマイクに音を入れても楽器をマイクの距離感、角度が違うだけでPAスピーカーから出るそれらの楽器の「音色」「音質」がかなり違ってきます。
場合によってはフレンチホルンを吹いているにまるでトロンボーンのような「音」になってしまうことなど日常茶飯事です。

つまりマイクと楽器の距離は楽器、マウスピース等のマテリアルに関する微調整よりも「音」に影響します。

自分のマテリアルについて常に神経質になっているのに自分の目の前にあるマイクに無関心なんてのを結構現場で見ます。

特に同じ楽器が複数あるような編成(オーケストラとかビッグバンド)における楽器とマイクの距離というのはとても重要で、各セクションのバランスに直結します。
トランペットやトロンボーンのように音の出る「ベル」と「マイク」が自分の目から同一線上にある場合、その「距離」を視覚的に確認するのは殆ど無理です。

よって真横から第三者に見てもらって同じ楽器同士の距離を測ってもらうことを強く勧めます。

マイクとベルの距離が違うと音量だけでなく「音質」「音色」が大きく変わってしまうのでセクションとしてのまとまりを求めるためにはその行為が必須だと思います。
ステージ上ではバランスがいいのに客席ではバランスが悪いというのは間違いなくこの「距離」の問題だと思います。

PAを使って成立する音楽に関しては目の前にある「マイク」も自分の楽器の一部という認識が必要だと思います。

いわゆるPAを一切使わないクラシックは演奏するホールも楽器の一部という認識があることは言うまでもありません。

せっかくいい生音を吹いているのであれば、それをそのまま客席に届けたいですよね!



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Gil Evans Memorial "Moon Dreams"

これ凄い!永久保存版。
名人による無駄のない音数、名人による誇張ないナチュラルな演奏、その「音(空気振動)」を最もいい響きで伝導する教会。

ノーマイクだぞ!!!!
これぞ正真正銘「加工」されてない音!
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CDパッケージ

一応、既成楽曲をアレンジするにあたってオリジナル音源はもちろんの事、色んなバージョンを参考に聴くのですが、今回の楽曲は本家がかなり色んなバージョンで演奏していて、いわゆる世間のイメージとしてはかなり大衆向けの娯楽音楽だと思っていたがさにあらず。オーケスレーションはどのバージョンも大差ないもののインストルメンテーション(楽器の振り分け)に関してはかなりチャレンジしているのが分かります。そういえば、その人の伝記映画見ても常にオリジナルサウンドを追求する為に試行錯誤しているシーンが沢山ありました。
こういう時には本当にAppleMusicは助かります。導入してからというもの今まで出会うことのなかった音楽を知るチャンスが格段に増えました。僕に新しい扉を開いてくれてありがとう。
でも気に入った「音」はその後ちゃんとパッケージを買います。
テキスト、写真、ジャケットに詰まった情報が欲しいので。
posted by YM at 00:40| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ライブのMC

過日のオーケストラのライブでは演奏する楽曲の説明としてその作者、その背景、自分の施した編曲の意図についてをその度にMCとして説明しました。個人的に「こういうの好きだな」と思ってます。その時演奏する曲の説明は必要だし、逆にそれ以外のことってMCでは要らないのかなと。

どうやら近い将来音源リリースが配信メインになるのは必至なわけで、音源についての説明がどんどん削られていくのでせめてライブだけでもこういった説明があったほうが自分のやりたいこと、伝えたいこととかがわかる更に理解してもらえると思うので。

posted by YM at 00:39| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

3ホーンズアカペラ

バンドの中でのホーンセクションのアレンジは二十歳そこそこでルーチンワークとしてしていたけれどtp,ts.tbの3人のアカペラ的なものを最初に書いたのはじゃがたらの「みちくさ」と言う曲のイントロです。 
OTOがコード進行を決めて、それに乗っ取って3管の旋律を作曲する作業でした。
いかに本編のイントロとして相応しい3つのラインが作れるか手探りで作ったのを昨日のことのようにはっきり覚えています。
結果的に自分でも満足いく出来でした。でもこれはサックス篠田昌己さん、トランペット吉田哲治さんが演奏してこそ成立したのでした。
当時の書き留めた五線ノートがまだどこかにあるはずなのでいつか見直してみたいと思います。こういう手書きのノートは財産です。
posted by YM at 00:37| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ここのところ一人作業の時間が増えていて、それはそれでとてもやりがいのあるものだし楽しいのだが、大きな編成を書くことが多いので現場で一気に大勢の人たちと会うことになるので軽く人酔いする。
でもとても楽しい。
今まで毎日会っていたような知り合いも「線」ではなく「点」のような頻度での同席となってくるとその都度のちょっとした変化に敏感になる。というか慢性的で麻痺していた部分の感覚が蘇る感じ。それはそれで新たな発見があったりして楽しい。
長く生きれば生きるほど付き合う人たちとの年齢層が広がる。
若い世代との接触で自分の延長上にはない考え方をそこで手に入れることが出来る。それは熟練してないからこその発想だったりする。

僕がラッキーだと思うのは70-80歳代のレジェンド達と接点を持つことチャンスに恵まれていることだ。彼らから「熟練の技」「知識」「歴史」を得ることももちろんあるが、それ以上にその年代で一線で活躍されている方全てに共通している、音楽に対する「情熱」と「チャレンジ精神」が旺盛な部分に大きく触発させられる。この2つのワードは本来「若者」の専売特許だったはずなのに面白いものだ。

今回のツアー中の移動や食事の時に他愛のない会話が結構面白い。
が、それが日常になると話は別かもしれないが。

たとえ一人作業であっても結局はどの案件も大勢の方々と繋がっているということを最近とても感じている。でも作っているときは孤独だ。でも孤独じゃないと作れないとも思う。

益々「自分と対峙すること」と「人と繋がること」の両方の大切さが身に沁みる。

posted by YM at 00:32| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

映画「JACO」を観ての雑感

「JACO」を観ての雑感

ジャコがウェザーではなくBSTに入っていたら彼の人生は違っていたんだろうなぁ。フロリダのローカルミュージシャンやっていたとしたらとか。(余談だがジャコの息子さんが一時イエロージャケッツに参加していたが、ポップミュージックへ進む為に脱退した)

彼はザビヌルやショーターと一緒に演ったことでジャズのカテゴリーで(も)ヒーローになっていたけれど、ザビヌルと一緒にバンドをやったことが後期の彼の精神的な崩壊へと向かわせたのも事実なんだなとも。
ドキュメンタリーを見ながらザビヌル〜ショーター〜ジャコの関係性が浮き彫りになり、ショーターが何故今あのポジションなのかも分かった様な気がした。

レコード会社と契約していた後期に彼の作った「HOLIDAY FOR PANS」というスティールパンを全面にフィーチャーしたアルバムは、レコード会社にとってセールス面においてNGとされた作品だった。実際僕もそれがリリースされた時、もっとジャコのベース、スタープレイヤーの演奏を期待していたので、そのアルバムにあまり興味がなかった。きっとジャコフリークは皆んなそう思ったと思うし、だからこそレコード会社もNGとしたのだろう。
でもドキュメンタリーを見ると、ジャコが田舎フロリダの仲間と作品を作りたかったという意思がとても伝わってきて、もしかしたらこの作品こそ彼の一つの結果なのかとも感じる様になった。

ジャコ本人も息子もやはりピーターアースキンがとても大事なキーパーソンだし彼らをもっともフォローしたミュージシャンだと思う。(ジャコのバースデーライブ音源も彼のプライベートな音源)
せっかく貞夫さんのお仕事であースキンさんと長い時間ご一緒したのにジャコの話を聞くのをすっかり忘れていたのがとても悔しい。次回是非いろんな話を聞いてみたい。

posted by YM at 00:30| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」のメインテーマ曲「天虎」吹奏楽版

NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」のメインテーマ曲「天虎」より、オープニング曲「虎の女」とその前奏にあたる「虎の子」を作曲者であり朋友の菅野よう子さんから依頼を受けて吹奏楽版の編曲を担当しました。
なかなか手応えのある内容になっております。
是非トライしてみてください!
posted by YM at 00:28| 東京 ☀| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

音楽制作のツール

デモ音源作成はやはりLogicだと直感的に出来る。オーディオ編集はやっぱりプロツールスが便利だと最近使ってみて実感。
デモ作成もFinaleでパート譜まで作った状態のものをSMFにして作業しているからLogicでの作業は音色選びとか音符の強弱や長さを調整するそんな程度。
だからいわゆるとりあえず何となく打ち込みんでみて考えるって発想はなくて、あくまでも五線譜に音符を書くということの延長上にPCの存在があるようです。
posted by YM at 00:27| 東京 ☀| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【備忘録】

ト書きが多い過ぎるものは読みづらく根本を見失いやすい。
それは楽譜でも。

プランを考えるなら文章より図形。

posted by YM at 00:24| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「椎名林檎の百鬼夜行ツアー2015」5月にDVD/Blu-rayリリース決定!

「椎名林檎の百鬼夜行ツアー2015」5月にDVD/Blu-rayリリース決定!だそうです。とても刺激的なツアーでした。全面的にアレンジも担当させてもらったツアーでした。私にとっても代表作と言える作品です。3管セクションがほとんどの曲で参加してる(しかも一切レコーディング音源同期させずに)というのも今時稀有だと思います。ライブを体験された方もそうでない方も是非ご覧になってください!
posted by YM at 00:22| 東京 ☀| おしらせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アーティキュレーション

何気なく聴く音楽でどんな状況の時にでも思わず耳がいってしまう素晴らしい演奏があります。なぜこんなにも惹きつけられるのか考えるにその演奏の音色、フレーズもさることながらアーティキュレーションが素晴らしいからだと気がつきました。とかくアドリブに関してフレーズに力点がいきがちだけれどもそれ以上にそのフレーズをどんなアーティキュレーションで演奏するかで、そのフレーズを生かしも殺しもするということです。
とっても心に響く演奏のフレーズをアタマの中で音符に変換してみても、フレーズ自体はとても平凡なものだったりするのです。ある意味、「音色」もアーティキュレーションの範疇だとも言えるので本当にアーティキュレーションに関してもっともっと考えた方がいいなと思った次第です。これは別にソロに限らずセクションもそうだしどんなジャンルにも言えることだと思いました。しかしセクションなんかはついつい全員同じアーティキュレーションで統一することが絶対条件であるという風潮にありますが、実はそれぞれのアーティキュレーションが素晴らしければ同じアーティキュレーションである必要がないような気もします。
posted by YM at 00:21| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする