2017年04月08日

コピー

ボクが20代後半の時に沢山コピーして練習したJ.J.Johnsonの中でもとりわけ勉強になったのはこのパーカーのトリビュートコンサートのブルースです。当時は音源しかなかったのですが、何と映像もあるとは!(すでにYouTubeにて削除済み)
映像を見るととても参考になりますが、気をつけないとそれを見て「全てを知ってしまう」というご認識を生んでしまいます。
最初に音だけ聞いて、それを採譜して、それを練習して、それをCDと一緒に練習して、それを分析したというプロセスを経てから映像を見るのとは得るものが雲泥の差だと思います。
YouTubeって本当に便利で助かるけど、それだけが情報のソースだとやはり危険。
自分で先ず「推察」するという行程が必要だと思いました。

達人の基本は「静止映像」のようなフォームで視線が一点を射していること。


posted by YM at 12:51| 東京 ☔| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

実際に見てみないと分からないこと沢山。

クリフォードブラウンはあの太い音で皆は大きなマウスピースだと思ってたら意外に小さいマウスピース。ジェリーヘイのセクションだったトロンボーンのビルライケンバックも然りであんな太いだから太管の楽器かと思えばとても小さな細管Bach6。
音量に関してだとサックスのジョーヘンダーソン。あんなに太くてダイナミックなのに生音小さい。ベルをマイクにはりつくようにして吹いてるからああいうカンジになるとの知人の弁。
僕らが目標にしてきた欧米のホーンセクションも日本のそれとは違って、もっと柔らかくてファットで沢山倍音があって響きがある。
CD化されたセクションの音は演奏後にコンプレッサーやリミッターなどの電気的後付け処理が施されているので生音のそれとは違う。だからCDの音を聴いて全てを判断するのはかなり危険。サンボーンさんはその最たるケース。
やはり生で聴かないとね。その空気振動を共有しないとね。
posted by YM at 12:49| 東京 ☔| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

こたえ

答えがひとつしかないという発想が可能性を閉ざすのかもね。
答えをひとつにすると「管理」が楽だから知らないうちに何でもかんでもそういう風潮になるのかも。
「音楽」なんてのは答えが無数にあるから成立してるしね。そうじゃなければ音楽が「運動競技」のように「勝ち負け」という括りで評価されてしまう。
posted by YM at 12:48| 東京 ☔| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

演出

世の中、間接的にキャッチする情報は大なり小なり「演出」されていて、この「演出」というフィルターを通してそれを触れて、それを感じ、それを認識する。場合によっては「事実」と反した印象を、生み出す「演出」も少なくない。厄介なのはこの「演出」された情報が対面で伝わるならまだしも、ネット上にばら撒かれることでそれが恐るべき速さで広範囲に伝播されてしまう。

情報量が多い中では「真偽」を見極めながら、自分の必要なことを取り出す能力が今の世の中には必要不可欠。

SNSを通じて驚異的に多種雑多な方々とオンライン上で繋がることが出来て、とてもいいことだと感じるとともに、オンライン上だけの情報でその人のパーソナルやスキルのイメージを無意識のうちに固定化してしまう怖さがとてもあるのが恐い。

出来る限り自らのフィールドワークをするべきだと痛感。特に人とのコミュニケーションは対面に越したことはない。その人の「音楽」も言わずもがな。

posted by YM at 12:46| 東京 ☔| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ソロパフォーマンスのやりかた

ここ数年続けているソロパフォーマンスにとってルーパーは必需品。予め仕込んでおいた音を再生したり、即興的に思いついたフレーズをその場で録音したり、それらを演奏中にミュートしたり音量やパンを変えたり、エフェクターを通したり。流石に場数を踏むことで色んなアプローチが出来るようになったが、基本は一定のビート、小節というグリッド上で「楽音」を奏でている。
場合によってはもっとSE的なものを素材として使ったり、テンポのないもの、テンポが揺れるものなんかをループしたら面白そう。でもこういうアプローチで決して「ノイズミュージック」にならないことが自分の嗜好。
posted by YM at 12:37| 東京 ☔| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする