2011年02月13日

ことば

ことばって時代時代で変化していると常々感じていて特に日本人として生まれた者として母国語である日本語の変化にはやはり色んな思いがある。その時代の風潮、風俗、概念でことばが変化するのは当たり前なことで、それに関して肯定も否定もしない。ことばも生き物だと思うから。

しかし今日、ふと思ったのが我々世代があと15年も経ったら自他ともに認めざるを得ない「年寄り」になるわけで、その時ボクは「ちゃりんこ」とか「マジ」とか「チャラい」とかの単語を間違いなく使うだろうから、ボクが今持っている「年寄り」像とは若干ニュアンスが変わってくるだろう。

というか、これからどんどん老齢化社会へと加速していく中、年齢的に見れば確かにそうだが近年になって肉体的、精神的ともに年齢的に「老人」と言われている世代は昔に比べて「老い」へのスピードの度合いがかなり緩やかになっているから、これからあまり世代という括りが緩くなるような気がする。それが良いことなのか良くないことなのかはわからないし、良いこともあれば良くないこともあるだろう。

まぁ、15年も経ったら既に「マジ」とかって単語がかなり古いものになっていて、あたらな造語が沢山蔓延していることでしょう。

奇麗な響きのことばはちゃんと遺していきたいから普段からちゃんと使うようにしようと思った。どうも情緒を感じるもの、奥ゆかしいもの、間接的な表現のもの、含みのある表現に使われることばがどんどん無くなっていっているような気がした。省略化、簡略化が進んでいるということ?

確かにことばは「符号」という役割はあるものの、もともとはその成り立ちの為の深い理由があったはず。



posted by YM at 21:35| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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