2011年04月06日

アドリブだって作曲のうちのハズ。

5年ほど前に書いて簡易的なうち込みをしトロンボーンソロをダビングした曲をリレコーディグする日々。その5年前に簡易的にレコーディングしたトロンボーンのアドリブソロを人に委ねて採譜してもらった。譜ヅラを見ても何かピンとこない。とはいえ、これが自分の咄嗟に作曲したフレーズということだ。譜面にすることでより一層自分のクセがわかる。そして今日はその採譜された楽譜を見て再びそのフレーズをリレコーディグしてみた。実にぎこちない。(笑)とはいえ、演奏中にイマジネーションして瞬間でフレーズを考え演奏することはないので、これまた色んな発見があった。レコーディングを前提とした時、果たして即興演奏というのは意味があるものなのかと常日頃考えるが、自分の出した結論として最終的にソロをダビングするのならば、既にあるトラックに一番フィットするソロを用意していくほうが音楽的であろう、ということ。それはいわゆるスタジオ仕事でもそうで、リズムトラックの上にホーンをダビングする時も、リズムセクションとの相性がいいような演奏を心がけているし、それが一番良心的だと思う。だから状況によっては必ずしも正確なリズム、音程ではなくてもある程度、そちらに合わせることになる。いわゆる整合性をとるということだ。
ダビングが主流となるレコーディングではある意味、先にやったもの勝ちで、つまり後からダビングしていく人たちは先人の音に合わせていくのである意味縛りがキツくなる。とはいえ、最後の最後にダビングする人が全体のイメージを決定したり変えたり、ある種の化学変化を起こすことがある。それは素晴らしく個性的なヴォーカリストだったり演奏者だったり。
それを目の当たりにしたのはSOLID BRASSの「Double Edge」でのデヴィッドサンボーンのチャーリーミンガス曲「Goodbye Porkpie Hat」でのメロディとソロのダビング中のことだ。彼のサックスが最後に入っただけで、そのトラックは全てサンボーン色一色に染まる。これはソリストとしての最も高い目標だと思うしソリストはそうでないといけないとも言える。その時も他の時もサンボーンのソロダビングに何回か立ち会ったが決して即興演奏ではなく、そのトラックにフィットしたフレーズを紡いでいくという感じ。だから何度もやり直す。これはジャズプレイヤーにはない発想で極めてヴォーカリストのようなアプローチだと思う。勿論、インプロヴィゼーションはジャズや現代音楽に於ける最大の魅力であり、最大の芸術だと思う。しかしそれはあくまで同じ時間軸の中で共演者とともにライブすることに尽きると思う。つまりダビングでの即興演奏はあまり有機的でないような気すらする。
というモードに今なっているで暫くこれを掘り下げていきたいと思う。

蛇足ではあるけれど、JJ.Johnsonの大ファンであるのが高じて彼のあらゆる音源を集めていた時期があったが、ライブ盤に関して2コーラス丸々同一のブルースソロが幾つか存在する。だから即興演奏だとは言い難い。(が、JJはそれをボクに否定していたけれども)何もそれが即興演奏でなくても、あらかじめ用意していたといしてもそれを悪いことだと思わない。実際、ジャズ演奏家の殆どはあらかじめ身に付いたフレーズをシチュエーションに合わせて組み合わせりはめ込んでいるわけで、フレーズ自体を即興で考えているわけではないと思うから。そのフレーズの選択のセンスがアドリブプレイヤーのセンスに直結するし、実際優れたアドリブプレイヤーは機転の利くアタマの回転の速い人ばかりだ。

だったらじっくりシチュエーションにフィットしたフレーズをきちんと作曲するばいいのだ。



posted by YM at 23:00| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。