2011年06月07日

時間の流れと自分の行方

昨日訪れた「知林ケ島」の光景が未だ脳裏から離れない。人が殆ど居ない自然の場所に行くと時間の流れが普段の雑踏の時とは全く違う。ゆっくりゆっくり流れていく。それは瞬時にして変化するようなものがそこにはないからなのか?周りを気にすることもなく木々、動物、海、山はペースを乱すことはない。それらのペースは我々よりももっともっとスパンの長いサイクルのペース。そんな所に自分の身を委ねると自分が完全にその中に埋没するようだ。いくら自然があっても人間の暮らしがそこにある場所ではこういう体験はしない。


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そして住み慣れた街を離れて初めて着た場所でいつも思うことは、もしもこの地に産まれ育ったとしたら今の自分はどうなっていたのか?どんな人たちと関わってどんなことをしていたのか?もっと飛躍して「どんな人生を歩んできたか?」を想像してしまう。今の「音楽家」である自分に何も不満はないけれど、別の地で別の歩みをしていたとしたら、それはそれで幸せだったのかも知れない。特に時間の流れがゆっくりの未開の地で一生を過ごすのも幸せだったかも知れない。今の仕事を続けながらそういった土地に移住するのでは自分にとってはあまり意味がないかもしれない。全然今とは違う人生もいいかも知れない。そしてもしその地に住むのならゼロからスタートしたい。

とにかく昨日の経験が自分にはとても強烈で今自分は現実と妄想を行き来している状態だ。でもそれも悪くない。



posted by YM at 23:55| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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