2011年06月10日

シーソーゲーム

人は誰でも個人差はあれど「刺激」を求めるのではないだろうか?刺激を求めることでマンネリズムを打破したり現状の改善、軌道修正をするきっかけにもなり得る。手っ取り早く刺激を受けには非日常的なシチュエーションに自分の身を投じればいい。それは未開の地に1人で行ったり、誰も知らない集団、バンドに1人で入り込んだり。それはある意味、自分の抱えている物を全て捨てて丸腰で臨むということ。
自分はそういうシチュエーションを自分で作ってきた。その時は心臓が喉から飛び出してしまいそうな程、心臓がバクバグした。しかし結果的にそれが今の自分を作ってきた大きな要因になっていると思う。

自分には「安定」志向が全くないとは言えないが、「刺激」が自分の物を作る上でのいいスパイスになるのを知ってしまっているので、絶えず刺激を求めてしまうのかも知れない。

最初は刺激的だったことが、それを繰り返すことで、それが刺激的でなくなる。だから刺激を求めてエスカレートしていく。

非日常に身を投じ、それを一定期間維持すれば、それが日常になり、以前の日常が非日常になる。

だから永遠に「刺激」と「安定」の関係はシーソーゲームのようなもの。



posted by YM at 22:01| 東京 ☁| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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