2011年07月22日

まさに徒然。

プロとしてインスト音楽を四半世紀ほど関わってきてこのインスト業界に関して色んなバランスが変わってきていると実感する。特にバブル弾け、そしてリーマンショック以降、音楽のメディアがダウンロード系の台頭、メディアの販売形態の変遷によってパッケージの在り方、ライブの在り方の立ち位置が逆転していたような気がする。それはCD制作メーカーの弱体化にも起因することかも知れない。
一昔前はレコード、CDを発売した際、プロモーションの意味合いで発売記念と銘打ってライブをでっち上げるケースが多かったが、逆に最近ではライブの集客の為のツールとして音源を作るといったようなニュアンスの動きが見える。勿論、それはそれぞれが平等に必要不可欠なものではあるが、そのバランスが最近でが微妙なような気がする。暴言を承知で言っていまうならば、大手プロダクションのアーティストでない限りはCD制作費はメーカーが負担することで売り上げのロイヤリティの多くはメーカーに入ることになる。勿論、アーティストに対してもロイヤリティは派生するがそれは微々たるもの。それは当たり前の話で、お金を出している者がそれを回収しようとするのは至極当然のこと。インスト音楽を生業とする者にとってはCDのロイヤリティでは潤わない。結果的に先生業やポップス関係、TV関係のレコーディングやライブを行うことによって得る対価で生計を立てるのがもはや一般的なインストプレイヤーのライフスタイルのような気がする。また年々ライブでの収益が生計のバランスの多くを占めるようになってきているのも事実。しかもこんな景気のよくない時代に集客ということに関してアタマを痛めているプレイヤーも多いと思う。そこで必要になるのはライブの集客の為のプロモーションツールであるCD。非常に切ないが、もはやそれは作品であるとともにツールでもある。ライブをする以上にCDを作ることが気安く出来るようになってしまったためにCDのクオリティのバラツキが出てしまい、本来なら作るべきでないCDが巷に氾濫している。その手のものは作品というよりは、寧ろツール、アイコンと言うべきものだろう。でもそれが悪いということも一概には言えずなかなか難しい。CDも含めネットでの流通が細分化、特化することで流通に関する矛盾が発生している。アーティストなんてのは基本的に我が儘なものでとにかく常に自分のやりたい音楽を大勢の賛同者の前で披露したいもので、それがそのようになればいいが現実はそんなに甘いものではない。それはインスト音楽という売り上げ枚数でいうならばマエノリティにカテゴライズされてしまう分野にいる以上、自分のやりたいことと経済活動との折り合いの関係調整は果てしなく続くよ何処までも。

いずれにしてもCDはちゃんと作品として作り続けていきたいし、ライブでは大勢の方の目の前で最もリアル(現実)な音を体感して欲しい。何だか非常に当たり前のようなことを言っているがなかなかそうは簡単に行かない。もしも100%自分の思い通りにやりたければ自分が出資をしてCDを作り、ライブにおける赤字補填も全て自分が被る。その為に、他の部分でそれにかかる費用を捻出する。これしかないね。実は「村田陽一オーケストラ」のアルバムを自主原盤でリリースしてからの自分のスタンスではある。色んな人たちと作るということは、それぞれのポジションが違うだけに満場一致とはいかないもの。それは良い意味でも悪い意味でも妥協とも言える。まぁ、妥協が全て悪いということでもないが。インスト音楽に関わらず全般的にCD制作に関して大勢のスタッフが関わることで収益が増すとももはや言えないので大手メーカーではなくインディーズでの活路をわざわざ選ぶ人気ポップアーティストもいる時代でもある。いずれにしてもYouTubeやUstreamなどのツールの台頭でアーティスト本人がダイレクトにユーザーに情報を提供するするようになってきていて、それはある意味この時代に於いては最も正論のような気がする。



posted by YM at 23:58| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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