2011年08月18日

六本木ピットイン

今日はリハーサルの後に六本木のスタジオへレコーディング。クルマ移動になってからは殆ど通ることのなかった六本木交差点を今日は通った。この交差点を最後に通ったのはいつなのかわからないほどだ。交差点自体はあまり変わってなかったものの、かつて六本木の待ち合わせ場所の代名詞とでも言っても過言でない「アマンド」がかつての毒々しい店構えではなくなって、元来のピンクの配色ではあるがかなり上品だった。以前には頻繁に六本木に通っていた時期があったがそれは六本木ヒルズの辺りにあったレコーディングスタジオにレコーディングに行くか、飯倉片町交差点にあった六本木ピットインにライブをしに行くのがその主な目的だった。(当時はまだ電車移動。)今でこそピットインと言えば新宿にあるピットインのことを言うが2004年にクローズする前はピットインは「新宿ピットイン」の他に「六本木ピットイン」があった。前者はいわゆる「ジャズ」(前衛も含む)で後者は「フュージョン」を演奏するグループが出演していてある意味明確なカテゴライズがされていた。当時、「六本木ピットイン」と同じビルにはレコーディングスタジオがあったために沢山の素晴らしいライブアルバムがここでレコーディングされた。吉田美奈子さん「In Motion」山下達郎さん「It's A Poppin' Time」、Steps「Smokin' in the Pit」、KYLYN「KYLYN LIVE」などは今でも自分の愛聴盤になっている。




マイケルブレッカーが初めてリーダーバンドを率いてここに出演したとき彼らのリハーサルが聴きたくて早めに行ったら、バンドメンバーの入り時間の数時間前からマイケルが一人で楽屋で練習していたのが強烈に思い出された。当時自分は20代前半の駆け出しミュージシャンだったが、まさかこの数年後に自分のアルバムのゲストとして彼を招いてから直接のお付き合いが始まるとは当時はまさか思わなかった。

非常にラッキーなことに自分が20歳の頃には新宿も六本木も月1回ずつリーダーバンドで出演させてもらっていた。もちろん新宿はジャズ、六本木はフュージョン系のバンドを従えて。
六本木に関してはコンセプトを決めてセッションを組んでいた。当時異色だったのは、MuteBeatのリズムセクション+ヤヒロトモヒロ+今堀恒雄+私のセットや池田篤(as)+早坂紗知(as)+竹野昌邦(ts)+佐藤達哉(ts)+山本拓夫(bsx)+当時の自分のバンド(三好功郎、水谷浩章、外山明)で後者はいわゆるリズムセクション+5サックスという編成で、これは自分が一度ちゃんとサックスソリを書いてみたかったからという理由で組んだセット。

六本木ピットインの後期には「Trad」というバンドや「Solid Brass」で出演していた。時期を同じくして「Solid Brass」と並行して「村田陽一オーケストラ」(当時の名前はマンデイナイトオーケストラ)を新宿ピットインで出演していた。

いずれにしても当時の新宿ピットイン店長のカイブツさんこと、龍野さんと六本木ピットイン店長の中野さんにはブッキングも含めて非常にお世話になった。やはり音楽的二足わらじを好む自分にとって活動の基盤を築けたのは彼らのおかげだと思う。

六本木交差点で信号待ちをしている時に走馬灯のように当時のことが思い出された。



posted by YM at 22:59| 東京 ☔| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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