2011年09月07日

綴る

前回のブログにも書いたが、後輩の急逝を受け止めることが出来ない。生前に彼が綴っていたブログをあらためて読み直してみた。すごく久しぶりに仕事場で再開しお互いが帰省した際に呑みに行ったこと、この間のライブに聴きに来てくれたこととかも綴ったあった。普段、滅多に会うことがないからこそ、彼の「死」に対して実感が湧かないのだと思う。こうやってブログを読み返して「ああ、もう居ないんだ。。」とアタマの中で納得させるだけ。ブログを書くことが一般的になった今、この「ブログ」という存在は故人を知る上でとっても重要な媒体だ。そうやって「点」と「点」を繋ぎ合わせて「線」にすることが出来る。我々の業界に居ながらプロダクションやレコード会社、出版社などからの発信でなく本人が直接発信していることって、とても対外的に対しても自分に対しても一番ダイレクトなソースとなる。ブログを書くという行為は各々の価値観、目的に寄るものだけど、ボクは将来自分が居なくなっても、自分が存在していたということの証を遺して色んな人たちに自分という存在を思い出して欲しい為に、無意識にこうやって毎日ブログを書いているのかも知れない。それは曲を書いたり、自分のバンドで演奏することも同じことだ。



posted by YM at 23:19| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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