2012年07月20日

耳に入った言葉をちゃんとアタマの中で漢字に変換してみる

ここのところ、ニュースのトップ項目になるほど中高生の「いじめ」問題がクローズアップされている。さまざまなメディアでコメンテーター達が、これは「いじめ」とは言わないでもはや「暴行」「傷害」「脅迫」事件という言葉を使って指導していくべきだと口角泡を飛ばしている。私もそう感じる。

しかし、「いじめ」という言葉の意味は本来

いじめ(苛め、虐め、英: Bullying)

相手の肉体的・心理的苦しみを快楽的に楽しむことを目的として行われる様々な行為。実効的に遂行された嗜虐的関与[1]。なお、表記については、カタカナ表示の「イジメ」と書かれることも多い。
ということらしい。(wikiより)

肉体的、精神的に自分より弱いものを、暴力やいやがらせなどによって苦しめること。特に、昭和60年(1985)ごろから陰湿化した校内暴力をさすことが多い。(goo辞書より)


そこには既に「暴行」なる表現があるし、いじめる側がその行為によって苦しめられている相手をみて楽しみといったことも付随するのでもはや「暴行」よりもかなり酷く悪質な行為であるのは一目瞭然だと思います。

せめて「いじめ」という言葉を「苛め」「虐め」とするならば、その行為の残酷さを実感できると思います。
例えば、「いじめっ子」と「苛めっ子」とではかなり印象が違うのではないのでしょうか?

「いじめ」ということばの響き(音)の持つ印象でインプットされてしまうために本来の意味よりも軽いように感じてしまうのかも知れません。

同じ言葉でも、それをひらがな表記にしたり、カタカナ表記にしたりすることでかなり言葉の印象も違ってきます。例えば、ひらがなにすると柔らかく、カタカナだと無機質、漢字だと重いというような印象になるように思います。漢字にはちゃんと「漢字」そのものにその成り立ち、意味がきちんと記されているから、漢字を読んでいればそれほど意味が外れていくようなことはないように思います。

またテキスト形式にする際のフォントによってもかなりイメージがコントロールされてしまうと思います。

自分の思いを伝える手段としての「言葉」の適切な選び方、使い方を慎重にしないといけないと思いました。

「いじめ」は「苛め」「虐め」です。





posted by YM at 22:03| 東京 ☁| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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