2014年08月04日

存在する意味

楽器(ボーカルも含む)を使って音楽を演奏する場合、それら楽器のテクニックを習得する為には先人の模倣をするところからスタートする。もちろん特定のジャンルを演奏する為にはそのジャンルのマナー(語法)も学ぶことになる。

例えば日本で生まれ育って「ジャズ」とか「ガムラン」とかのルーツを持たない者がそれらを演奏しようとするならば、それを奏でる楽器をマスターし、そのジャンル固有の節回しや構造を理解する必要がある。
それはとても大切なことで、学ぶ上では必要不可欠なものだと思う。

が、そこから先、自分は何をどう表現するかが大切で、寧ろプロはここからがスタートだと言っても過言でないと思う。

誰かに憧れて真似をすることは、成長の過程ではとても大切なことだけれど、それが決てゴールではない、プロならば。憧れの人と同じフレーズを並べることが出来たって、その人以上には成れないと思う。やはりプロのソリストである以上、「自分」のサウンドを見つけないと自分の「存在理由」がないように思う。

「自分らしさ」なんてのは自分では決して分るわけもなく、あくまでも他者がイメージ付けするもので、当人はひたすら「何をしたいのか」「何を表現したいのか」だけをひたすら考えればいいんじゃないかと思う。(勿論、残念なことにそれだけでプロとしてメシが食えていけるかどうかは別問題になるけれども)

posted by YM at 02:15| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする