2014年09月15日

昭和の番組

ボクが高校生だった頃、『ヤングおー!おー!』という番組がありました。桂三枝(当時)が司会で明石家さんま達がまだ若手ということで好き放題やっているホールでの公開録画番組です。基本は音楽ものとしては歌謡曲中心なのですが、「スペクトラム」とか「生活向上委員会」も出演して、それを画面で見たボクは暫し呆然でした。(それぞれ違う理由で)
そのころはクラシック少年だった私の方向性を大きく狂わせるきっかけにもなりました。その頃の番組にはすごいパワーがあって、そういう番組を観ていた人たちにスゴく影響を与えていたと思います。(ボクもその1人)今もああいう番組があるといいなと思います。

先日、仕事場で「日本人らしい」音楽ってどんなんだろう?我々、日本人の奏でる「音楽」って他の国のそれとどう違うんだろう?例えば諸外国産のジャズスタンダード曲やクラシックを日本人が演奏した時、原産国のそれとどう違うんだろう?っていうことについて、みんなで考えてみました。我々、管楽器は常に「タンギング」という言語発音に近い動作が演奏上必須なので、自ずとそれらの母国語と演奏が大きく関係があると思います。
ドイツ語圏のプレイヤーがジャズ曲を演奏するとアメリカの「それ」とは違うということはボクにでも分ります。(ちなみにボクはドイツっぽいジャズも大好きです。)だから、例えば日本人が演奏する欧米の曲はどんな風に聞こえるのかとても興味があります。
自分のルーツにない音楽を奏でる場合、やはり最初は模倣というカタチで勉強していくわけですが、もうそろそろ、その手の音楽を演奏するんでも、「自分」らしい演奏をすることを心がけるような段階に来ているようにも思えます。今は情報が豊富だから細部にわたって模倣することが安易だと言えるので「クローン」を作りやすい環境だと思います。
昭和の頃は「模倣」するのでも情報が少ないため、あるいは演奏スキルがまだまだ欧米との間との隔たりが激しかったので、そこで見よう見まねでやった結果が1つの「オリジナリティ」を産んだのかも知れません。
先出の「生活向上委員会」を筆頭に「中央線ジャズ」というのは正にそうなのかも知れません。そのエリアに極めて近かった忌野清志郎さん達のRCにも同じような「匂い」を感じます。
「昔はよかったね」なんてことを言うのはじじいの常套句だったり、後ろ向きな印象を持ってしまいがちですが、客観的に見て本当に「昭和」って良かったなと感じます。大衆歌謡の楽曲、歌唱のクオリティも高さは近年のリメイクブームを見れが一目瞭然です。

こんなこと何で書いているのか自分でもよくわからないんですが、きっと時代が経つにつれて得るものもあればそれに引き換えに失うものもあるわけで、失ってしまったものも大きいなぁと感じてしまったのです。

ちゃんと自分の「内側」から湧き出るものを何かのカタチに変換して「もの(カタチ)」に出来たらいいなぁと思います。何かを真似たりするのではなくで。(影響を受けること全てがよくないということでもない。)

posted by YM at 23:44| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする