2008年01月19日

SOLID BRASS

1991年に発表された私のデビューアルバム。

当時私27歳。

その頃、じゃがたら等で一緒になることが多かったサックス奏者、篠田昌巳さんが「村田君、もうこの世の中先があまりないから自分の作品を残しておいた方がいいよ」と下北でのじゃがたらのリハの帰り道、井の頭線で僕にこう呟いた。

今思うと、篠田君はその数年後の「死」を予感していたのかもしれない。

考え過ぎかもしれない。


そういうこともあり、当時新宿、六本木ピットインを中心に自分のバンドやセッションを繰り返していた僕にとって、ひとつのチャンスが訪れた。

篠田君や清水一登さん、渡辺等さんたちがこぞってリリースした「パフアップ」というインディレーベルからアルバムを出させてもらいことになった。

その当時から生意気にも、メジャー指向があったため、ゆくゆくのメジャーデビューの前にインディーズならではのことをしようと考えた。

つまり、メジャーでは承諾されないようなコアな内容のものにしようと思ったのだ。

自分が管楽器ということもあり、自分の周りには同世代の優れた管楽器の仲間がいた。

だったら、管楽器を主体とした変則的なアンサンブルでやってみようかと思い、メンバーの人選をした。

仙波さん、青山さんは実は知りあいの紹介でこのレコーディングに参加していただいた。

つまりレコーディングの時が初対面だったわけ。

このお二人は縁があって最近よくご一緒するが、昔と今と全然印象が変わらないし、当時も野とも山ともつかないこの生意気な若造に対して真摯に素晴らしい演奏を提供してくれた。

村上ポンタ秀一さんはこのプロジェクトの中心にいてもらいたくて、彼が出演していた新宿ピットインの楽屋に出向いてこのプロジェクトの参加をお願いした。

今ではすっかり巨匠となった菅野ようこさんはその前後で、彼女達のバンド「てつ100%」に僕がサポートしたり、僕の当時のバンド「TRAD」に彼女が参加してくれていたりしていて比較的、密に交流があった。

大友良英さんは、現在はギタリスト中心の活動みたいですが、当時はいわゆる
ターンテーブルを含めた音楽を展開していて、ピアニスト黒田京子さんのバンドでよくご一緒した。いわゆる新宿ピットイン朝の部でだ。

ギタリストの鳥山雄司さんとは、その頃六本木ピットイン界隈のシーンでご一緒した。

鳥山さんとはここ10年以上ご無沙汰だったのが、ここ数年、FNS歌謡祭でお互いプレイヤー、アレンジャーというスタンスで再開出来てちょっと嬉しい。
(笑)

管楽器の面々は今でも一緒に演奏している僕と同世代の仲間。


この管楽器の編成にこだわったのは最小の人数でいろんなサウンドを出すというコンセプトの元で産まれた。

サックスが3人いることでフルバンドのサックスソリ的なものカバー出来るし、金管もこの数ならばサウンドも重たくならない。

とはいえ、こんな編成でフルバン的(エリントン、ギルエバンス)なもの、ブレッカーみたいなもの、タワーオブパワー的なものを出すアンサンブルは前例がないので全てが自分にとってトライだった。

当時、今のようなハードディスクレコーディングやシーケンサーなどは一般的ではなく、簡単な12chのMTRが主流だった。

一応スケッチとしてレコーディング本番前にサンプルを作ろうと思い、サックスの竹野君に自宅に来てもらって、ソプラノ、アルト、テナー、バリトンを沢山ダビングしてもらってアレンジのシミュレーションをしてもらった。

こんな状態だったので収録曲全ては全部生演奏且つエディットなしという男らしい潔さだった。

このレコーディングは基本的に全てBach36という中太管のテナートロンボーンを使っている。

デラルスでニューヨークへ言ったときにジョンファディスさん、トムマローンさんと一緒にいった楽器屋さんで購入したもの。

現在、手元にはなく、手放したことを若干後悔。

村田陽一(tb,b-tb,eup)
エリック宮城(p-tp,tp,flh)菅坂雅彦(tp,flh)原朋直(tp)
山本拓夫(fl,b-cl,ts,bs)竹野昌邦(cl,ts)本田雅人(ss,as)
関島岳郎(tuba)佐藤潔(tuba)仙波清彦(per)
村上"ポンタ"秀一,青山純(ds)
大友良英(turntable,g)鳥山雄司(g)管野よう子(p)


Recorded 1991.3


posted by YM at 03:07| ディスコグラフィ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。