2010年12月22日

センス

音楽を楽器で奏でて自己表現する場合、演奏のスキル、音楽に対する知識、楽器に関する知識は必須だけどそれと同じ位「センス」って大事な事だと思う。「勘」もその類いだとも言える。どんなジャンルにおいてもそこそこオールラウンドに粉せるのは、いわゆるセンスがいい、勘がいいということなのだろう。
よく「センス」を磨くなんていう言い回しがあるけども、実はセンスに関してはかなり先天性のもののような気がする。センスは学習で身につけるものではなく、非常に感覚的なものではないだろうか?

テクニックバリバリだけど魅力のない演奏なんてのは結構沢山巷ではお見受けするが、それはまさにセンスがないということなのかも知れない。つまりスキルとセンスは別次元のもの。

とは言え磨けるものは磨いておきたい。

何を今更って内容だが、何となくそんなことを思った2010年冬至の夜。

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2010年12月12日

オリジナルのすごさ。

先日、クインシージョーンズ編曲のヘンリーマンシーニ作品集のCDを聴いた。
どちらもアメリカの優れた作編曲家で、アメリカの華やかな時代を象徴したゴージャスサウンドを作るのが得意だ。どちらも大好きな作編曲家なのだけれども、この音源は自分にとって響くものではなかった。ヘンリーマンシーニの作品をクインシー色にクインシーが染めていないのだ。何故この作品を作ることになったのか、その経緯を知りたい。

彼らのように作品を日常的に量産するタイプはレコーディングミュージシャンも比較的固定メンバーだったりすることが多い。それは彼らのサウンドは最終的に彼らのスコアを演奏家するプレイヤーに委ねられることになる。そう言った意味で本作もクインシーのブレインのミュージシャンが参加している。しかしクインシーサウンドというよりヘンリーマンシーニサウンドを周到したサウンドには馴染まない感じがした。(もちろん、これはあくまでも私の主観)

作曲家が優れた編曲家でもある人の作品をカバーする場合はある意味、オリジナルの対極を目指さないとオリジナルを越えられないのかも知れない。それはクインシーをもってしてもだ。

バートバカラックの作品をカバーするのも同様だ。

私はヘンリーマンシーニもバートバカラックも彼ら自身が編曲家し演奏しているテイクが一番好き。

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2010年11月30日

チャンス

ここ数年間若いプロ演奏家及びプロ予備軍の子達と接触することが多い。そしてかなり高い確率で感じるのは音楽家としてのスキル向上、仕事での環境改善などの絶好の「チャンス」を逃しているような感じ。いい球が来てもそれを打たないこともあったりするので端から見ていて勿体ないと思う。かといって第三者が、それを相談もされないのに「打て」とはいう義理もない。

チャンスは誰にでも均等に与えられると思う。要するにそれに気づかないか、もしくは気づいてもそれを活かすだけの実力が備わってない為にチャンスを掴めないのだと思う。そんな連続なので自ずと個々の結果の開きが出るのだと思う。

一つ一つの積み重ねでしかない。

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2010年11月18日

音楽する行為は日常的なもの

スポーツ選手は毎日のトレーニングが欠かせないようだ。一日でもそれを怠ると、それを取り戻すのが大変らしい。それは我々、金管楽器奏者然り。実際プロを志してから今日に至るまで楽器を吹かなかったのは海外へ移動する際の飛行機泊の時位なもので、休みの日であっても常に楽器が吹ける環境を持つことを念頭においている。

それが負担かと言えばそんな事はない。毎日、就寝前に行なっている腹筋や腕立て伏せみたいなもの。いや、それ以上に日常的なものかもしれない。つまり毎朝顔を洗ったり歯磨きするようなものかな。

たまには気分転換に休みの時位、楽器を吹くのも休めばいいのにという周囲の声を聞くよしもない。

また休暇中だからこそ、音楽に溢れた空間に居るようにしている位だし。

単純に楽器も音楽も大好きってことだね。

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2010年11月17日

曲を色んなやり方で魅力を引き出すこと。

昨日のライブの余韻がまだ僕のカラダに残っている。UK発信のBlue Eyed Soulの代表格と言うイメージは、タイトでしなやかでうねるベース、グルーヴィに刻むエレキギター、それらを包むエレキピアノのPad、豪華なストリングス、ホーンセクションによる分厚いトラックに象徴される。
しかし昨日はアコースティックピアノ、アコースティックギター、アコースティックベース、パーカッション、コーラス、フリューゲルホーン、そしてボーカルというアコースティック且つシンプルな薄い編成。
作編曲を一手に担っているアンディのリアレンジが、この編成を逆手にとって非常に新しいサウンドデザインを要所に散りばめていたのが印象的だった。
単なる原曲のアレンジをなぞっているわけではないので、この編成で物足りなさは一切感じなかった。寧ろ楽曲の良さを別の角度から垣間見ることが出来た。

それはアンディの作る曲自体のクオリティが高いからに他ならない。優れた曲はどんなアレンジでも耐えうるだけのポテンシャルを持っていると言うことだ。

今回の彼らの来日ライブはいわゆる来日用の営業のイージーさは全くなく、常にサウンドに対して貪欲で挑戦的なアンディのモチベーションが伝わるものだった。もちろんオーディエンスが充分満足度するだけの素晴らしいコリーンの歌、ステージパフォーマンスも特筆に価すると思った。


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2010年11月03日

Booking

昨日のライブも大盛況でした。実はこのトリオは苦肉の策として急遽組んだトリオでした。というのも今月に行われたピットイン2Daysが決まったあとにオーケストラや他の自分のバンドのメンバーのスケジュールをあたったところ調整出来ず何かセッションを組もうということになり、たまたまギタリストやキーボードプレイヤーのスケジュールが合わなかったのでいっそのことコードレスでやってしまえということでした。しかし怪我の功名でコードレスであることの面白さが十分発揮出来るメンバーだったこともあり、2回目のライブにしてセッションからバンドへとなりました。これこそメンバー人選の勝利だと思います。ピットインのときも昨日も楽屋では次回はこんなことをやってみたいというような、このトリオにおける前向きな意見が3人から出ているので、これはかなり面白くなっていく予感がします。それはピットイン2Daysの別の日に行った、三好サンキチ功郎くん(gt)、一本茂樹くん(bs)とのトリオも同様です。なのでいきなりトリオが2つパーマネントになってしまいました!(笑)

近年、加速度的にライブハウスのスケジュールブッキングが早くなっています。3、4ヶ月先のブッキングはそんなにめずらしいことではありません。これはバンマスとって悩ましい状況でもあります。メンバーを3、4ヶ月先のライブスケジュールをおさえることはなかなか心情的に難しいからです。というのは、ボクと一緒に演奏してくれている人たちはライブハウスでのお仕事がメインでなく、それゆえライブハウスで生計を立てているわけでもなく、アーティストのツアーサポートが大きな収入源になっているケースが多いため、そちらのスケジュールを優先すべきだとバンマスの立場としては考えるわけです。つまり、先にライブがツアー仕事のスケジュールに1日でも被っていたりすると、基本的にツアーは全行程参加なのでツアー丸ごと受けることが出来なくなるので収入源としてのダメージが大きいです。なので最近ではライブハウスでのギグのメンバーへのスケジュール打診を遅くせざるをえない状態です。でもそれがいいこともあって、SolidBrassなんかは寧ろメンバーが全員揃いやすかったりします。が、ライブハウスのスケジュールがとれない。なかなか難しい問題ではあるが、こういったジレンマは自分も含めフリーランスのミュージシャンにとって一生続く問題だと思います。

30歳を境に20バンド近く参加していたサイドメンとしてのライブを止め、自分のソロプロジェクトを中心にやってきていて、特にここ数年前まではどうしてもレコーディング中心の生活をしていたが、ここにきてライブで自分のやりたいことが沢山あるためにソロのライブを増やしてきました。これは自分の音楽的欲求における精神衛生が極めて良いのです。


音楽業界もご多分に漏れず景気が悪くソフトの売り上げが壊滅的に悪いです。結局はライブでの実演こそがもっともリアルでダイレクトだとも思うけれども、この現場であるライブハウスでの集客が曜日、アーティストに関係なく軒並み不振だと行く先々のお店で耳にします。アーティストにとって、このライブハウスこそが最後の砦だとも言えるかも知れないですね。

ライブハウスでのライブが自分の活動時間のメインではないけれども、精神的には自分のメインになっている感じです。それ中心に演奏スキルの調整を行っているのも事実だからです。

11月2日にして自分名義のライブは今月終了です。12月は大所帯のバンド2つのライブがあります。バランス悪い。(笑)

とにかく沢山の方に自分の演奏や曲を生で目の前で聴いていただきたい。ただただそんな一心です。

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2010年10月30日

感じたこと、思いを音に表現する

「感じたこと、思いを音に表現する」
それが一番ボクが音楽に携わっていて第一に考えていること。
感じたことを「音」として具現化する為には「アイディア」とそれを表現する為の道具である楽器を「操る為のスキル」が不可欠で、そのどちらも欠けてはいけない。
道具を操る為のスキル向上に関しては前人が沢山のヒントを残してくれているのである程度常識に即したメソッドを追いかければそれなりになる。もちろんアイディアも然りではあるが、それでだけでは自分のオリジナリティを作ることが出来ない。だからこそ常にアタマを柔らかく自由で多面的な発想が必要だ。

そんなことは重々承知しているにも関わらず実際に自分の演奏を録音してプレイバックしてみると「整える」ということが「アイディア」を盛り込むということより勝っている感がある。
誰もまだあまりトライしていないようなアプローチのアイディアがあるのだけれど、それがまだ誰もやっていないが故に「整いにくい」「カタチになりにくい」というのも本当だ。これではイカン。もっと積極的に自分の中に既にある無数のアイディアを音として常に盛り込まなければ。

「感じたこと、思いを音に表現する」のであって、誰かがやっていたり、やっているスタイルを追いかけたり真似をしても自分は楽しくないのだ。スタイルの模倣止まりでは自分は満足しないのだ。


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2010年10月26日

集中力

昨日一昨日のライブは自分にとって、新たな可能性を自分の音楽の中に垣間見ることが出来た。それは勿論共演者のおかげに他ならない。共演者の自分のオリジナル曲に対する理解力の速さと深さはスゴイ。それは長年培ってきたものと、演奏時に於ける集中力が並ではないということ。

長年培って構築される知識はそれなりに誰でも努力すれば養われると思うが集中力に関しては、これは先天的な素質なのかも知れない。
しかも、この何かに対して取り組んでいる時にそれに対して集中しているかどうかは当人には自覚出来ず、逆に傍観者にはハッキリわかってしまうという怖さがある。

集中するってことは意識的に出来ることではなく、むしろ無意識に働くもの。取り組む内容が当人にとって楽しいこと、得意なものほど無意識に集中出来る。それがヒント。

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2010年10月08日

ライブ終了後の雑感

先日6日に行われた江古田BuddyでのTwelveSenseのライブは盛会の中、無事に終わることが出来ました。
沢山のお客様にお越しいただき感謝いたします。
客席には在京オーケストラプレイヤーの方が多数いらっしゃり、身も引き締まる思いで演奏いたしました。
この団体でのライブハウスでの演奏は去年行ったホールコンサートとは色々異なる部分も多く初めてライブハウスで演奏するメンバーが殆どの中、あまり混乱も無く演奏出来たと思います。
ライブハウスはホールと違い、客席と演奏者との距離が近いということで非常に演奏者の、そしてお客様の空気感がダイレクトに双方に伝わります。
これは非常に貴重な経験になると思います。

音楽監修という立場で全体を見渡した時に、この団体の良さ、改善すべき点が非常にクリアに見えてきます。今回の収穫は、やはり自分以外のメンバーが編曲、作曲をしてきたことだと思います。そして新たなメンバーとして田中さんが入ったことで年齢層が広がったことだと思います。それはファミリー化することではなく、年齢、キャリア関係無しに「出ている音」が全てであるという意識を持つ為には良いきっかけになるのではと思っています。

実際、色んなメンバーが参加するということで個々のモチベーションの差を感じてしますが、それはある意味当たり前のことであって仕方ないことだと思います。ただ、今後もこの団体で演奏するということで個々がそれぞれのそこに所属することのメリットを追求すればいいと思います。したがって、この場でメリットを感じなければ遠慮なく辞めることを薦めます。私はまだまだここでやりたいことが沢山あるので当分参加してみたいと思います。つまり、なんとなく「参加する」ということは全く音楽性、社会性を高める意味では「無」なのかと思います。それは、この団体が「仕事」ではなく「自発的」に行っているものだからです。
この団体の中核を成す30歳手前のフリーランスのメンバーはこれから益々、色んな意味で焦りが出てくると思います。だからこそ、自分にもっと厳しくして欲しいし、この団体を中途半端でなく積極的に自分の為に利用して欲しいと思います。

こんなに可能性を秘めた編成、団体はなかなかないので継続していければ幸いです。

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2010年09月18日

孤独

mixiニュースが情報ソースなのでどこまで真実で虚実かわかないけど、有名な芸人さんの無期限活動休止の理由をある意味、面白可笑しく記者が書いてあってけど、ボクは個人の意見として推察ではなく一般論として捉えるならば、

がむしゃらに頑張って、それなりに評価されればされるほど孤独になって不安になる。
だから走り続けるしかない。走ることでその不安から逃れようとした。
でも肉体がそれに追い付かなくなった。

上り詰めて、それを維持できる人はきっとどこか壊れてる人なんだと思う。

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2010年09月10日

変化

これだけ世界的に異常気象だと音楽にも影響するだろう。その土地の気候がその土地の音楽の成り立ち、スタイルに大きく影響することは民族音楽を聴けば一目瞭然だ。
日本が今後益々温暖化がエスカレートして亜熱帯のような気候が定着してしたとしたら一体どんな音楽が出来て根付くのだろう?

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2010年09月06日

脳内整理

今日は昼から、立川市にある航空自衛隊の航空中央音楽隊に行ってきた。今期、入隊した各地を含む航空音楽隊に入隊した人たちに対して「ジャズ」のレクチャーをするというもので、9人の受講者に対して個人レッスンではなく全体参加で他の隊員の方も聴講可能なものだった。基本は「ジャズ」についての方法論を出来るだけ簡単に説明し、「ジャズ」に対して苦手意識を持たないようにということを軸に、実際出来るだけシンプルな方法で、より「ジャズ」らしさを表現するかということに終始した。

「ジャズ」ということに限らず、何かを新たに習得する際に自分がすべきこと、必要なことは全て共通していると思う。
つまり、これだけ情報が氾濫している中、そのソースの中でどれが真実で虚実なのか?や自分が必要としている情報と、そうでないもののを選択するセンスというのがかなり問われるような気がする。つまり、確かでない情報に「騙されるな」、コンセプト、自分のやるべきことに対して「ブレるな」ということ。

音楽に関しての全ての真実は目の前で繰り広げられている、生音の「演奏」以外にないのかもしれない。そこには加工がないから。

こうやって、特に台本など作らずに思ったままを受講者に話しているうちに、自分でもびっくりするくらい色んなことが瞬時にアタマの中で整理されてくることがわかる。

やはり、誰かに説明するってことは非常に自分にとって有益だ。

目標は難しいことを簡単な表現で説明すること。

これは音楽でも一緒。

今日のヒットは「ジャズをやりたいんだったらサッチモの歌を聴くこと」ってとっさに自分が受講者に向けて発したこと。というか、自分ももう一回ちゃんと聴き直そう。

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2010年08月18日

go through

ー試練ー

それなりに長く生きて色んな経験をし生きてきたり、色んな人の人生を見ると必ずどこかのタイミングで幾度となく試練がやってくる。

思わず手を差し伸べて欲しくなる時もあれば、手を差し伸べてあげたくなる時はある。実際、差し伸べてしただいて助かったし、手を差し伸べて感謝されたこともある。でも実際は自らの力で克服するしかないのだと思う。

この試練は自分自身に降り掛かったことでも、他の人が受けているものでも、これは必然的なものだと私は思っている。またそれは必ず乗り越えられるものとして与えられているものだと解釈するようにしている。

だから必ず乗り越えることが出来る。だから逃げてはいけない。

それは自分が確実にステップアップするための絶好のチャンスでもあり、ひとつの成長過程だからだ。

go through


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2010年08月12日

滑舌

歌手でも演奏家でも常について回るのは「発音」
それは、その演奏家の言語と大きく関係している。
たとえ歌詞のない楽器の演奏ですら、その音をどのように発音するかが大きくそのサウンドに関わってくる。どうやら日本語は英語に比べて「発音」の種類が著しく少ないらしい。よって、アメリカ産の音楽をする時に日本語で発音するとなかなか、それっぽくならない。よって、ちゃんと英語をマスターして英語で発音することが近づく為の最短の方法かも知れない。また、あくまでも日本語で発音することにこだわってカスタマイズした発音法を編み出すという方法もある。でも、後者での成功例はなかなか見ない。

私には沢山の演奏家としてのアイドルが大勢いる。その方々の共通項を見た時に、この「発音」が一つのキーワードになっているということに最近気がついた。

それは皆、演奏の滑舌がいいということだ。つまり、ちゃんと細部まで聞き取れるような発音をしているということだ。それぞれの音色、質感は違えど、きちんと一つ一つの音の粒立ちがよくてクリアだ。ボーカリストに関しての好みも同様で、歌詞がちゃんと聞き取れる方が個人的には好きだ。


トロンボーンという楽器の最大のメリットでもありデメリットでもあるのは構造上の問題で他の管楽器よりも、タンギング(舌先で発音)の量が多いため、このタンギングをちゃんと出来るか、沢山の種類のタングングを持っているかがかなり重要になってくる。

ジャズっぽく演奏する時にタンギングをあまくして曖昧にすることでレガートっぽく聴こえて、あたかも音と音の繋がりがスムーズに聴こえたりすることがあるけども、それがあくまで「曖昧」に演奏しているだけだったりする。

だからこそ、自分自身は「多弁」「饒舌」である必要はないが常に「滑舌」のいい演奏を心がけている。

雰囲気も大切だけど、その一音一音がちゃんと届かないと始まらない。

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2010年03月28日

「強制」と考えるか「楽しみ」として考えるか。

ここ数日間は大きなプロジェクトを抱えていないこともあってゆっくり考え事をしたり楽器の練習に時間を割くことが出来ている。
楽器の練習に関しては今までよりも増して非常にベイシックなことに立ち返っている。それは基礎力を持たないといけないという強迫観念というよりは自分が楽器で表現したいことをスムーズにやりたいという非常にポジティブで自発的な意識なので全く基礎練習というのは苦にならない。それと同様なのが英会話。僕は留学経験もなく圧倒的に留学経験者よりも語学力は劣るけれど、海外の自分の憧れの人とコミニュケーションを直接とりたいという気持ちが強いので積極的に英語を使うし、自分の英会話のスキルをなんとかして上げたい為に今更、英会話や英文法のテキストを引っ張り出してきたり、わからないことがあると人に尋ねたり、辞書で調べたりしている。これは学生の時にしていた勉強とは違って「活きた」勉強なので楽しい。

楽器を演奏することで自分のやりたいこと、しかもオリジナリティのあるものを作るということで必要なのは、表現手段である楽器のスキル向上と、自分が何をしたいかということを明確にした上でのアイディアを
常に持つということだと思う。

毎日の日課でマイナスワンを使ってBluesを演奏するが、さすがに毎日だらだらやっても発展的でないので、演奏する前にコンセプトを考えてからマイナスワンをするようにしている。そうすることで同じカラオケを使ってもアプローチさえ変えれば違うモノがそこには生まれるし飽きることも無い。マイナスワンに限らず反復するものは、ともすればマンネリの極みで知らず知らずにスキルやアイディアが偏ったりする危険性がある。同じことの繰り返しでも常に色んな角度で見たほうが楽しいし。

同じ行為でも、それを「強制」と考えるか「楽しみ」としての行為だと考えるかで自ずと結果が違ってくると思う。しかもかなり違った結果が。



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2009年11月11日

time management

よく周りから寝る間もないほど忙しいでしょう?と言われる。
確かに忙しいのは事実だし超夜型人間ではあるけど人並みに寝ているつもり。(大体一日5時間ぐらい)
僕は周りのトロンボーン奏者と違うのは、リーダーバンドを4つ持ち、それぞれのバンドのライブを日常的にまわしたり、スタジオやサポートものでの演奏以外にアレンジをやったり作曲したり原稿書いたり、音楽監修したり、たまにレッスンしたりと色んな種類の音楽制作に関わっているということで、確かに仕事量や作業量は演奏家としてのみに活動をしている方に比べて3、4倍の労力かもしれない。
でも意外にストレスなく全てをこなしているほうだと思う。これはひとえに時間の使い方が割と器用だからかもしれない。
いわゆる「隙間」の時間を気分転換に別の作業をしたりしているとかだ。
そもそも僕の場合は1回の集中力は45〜60分間位だと認識しているので一つの作業を1時間以上続けることはしない。それはそれ以上続けても効率が下がるだけだから。その代わり休憩中に気分転換として別作業をする。

そうすることで、まんべんなく凝り固まることなくそれぞれの作業のクオリティも上がるような気がする。

要するに自分の時間の管理。誰しも平等に1日24時間をいう時間を与えられているので、その時間をどう管理して使うかが大事だと思う。

それ以上に「音楽」が大好きだからということが一番の機動力になっているのかな?

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2009年11月08日

やっぱ自分の踊り方でおどればいいんだよ。

自分が20代に参加し今の自分の音楽観を培ったバンド「じゃがたら」江戸アケミの言葉。

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彼の死から19年が経つが未だに彼の影響を受けている自分がここに居る。

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2009年10月16日

香り〜匂い〜音楽

僕はこれらによって過去へ一気に引き戻される。
ある特定の匂いをかいだり、ある曲を聴くとそれをかいでいたり聞いていた時を思い出すのだ。時間がその時に戻ってしまう錯覚さえある。
過去の出来事が自分にとって強烈である程、その時によく耳にした音楽や香り、匂いがその出来事を思い出させる為のきっかけになる。
意図的に自らきっかけを作る事も出来るし、偶然にその匂いや音楽に出逢ってしまいフラッシュバックしてしまう事もある。
知らず知らずに何かにイメージ付けして一つのスイッチを作ってしまう。



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2009年10月11日

なおらないこと。

過去に立ち直れないようなほど自ら傷つくようなことを経験し、二度と同じことを繰り返さないと誓ったのに気がつけば、また同じような過ちを繰り返している自分に気がつく。
学習能力がないわけではない。それなりに痛い目に合ってもう二度とそんな過ちを犯さないようにと誓う。でもまた同じようなことをしてしまう。それは自分の本質だから仕方ないと諦められたり、開き直れたら楽だろう。
でも楽だったらいいかというとそれも違うかな。
「楽」=「幸せ」とは限らないから。
でも、良くないことはなおしたいな、本当に。

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2009年10月07日

自分の感情に対する分析力。

対人関係において相手方の感情、気持ちを汲み取る努力は道徳を学ぶ過程で身に付けるようにしてきたが、実は自分の気持ちや、感情の裏側にある本音、真相をちゃんと本当に理解出来ているかどうか怪しいものだと感じて自戒してみたりした。自分の本当の願望ってなんだろう?って思ったりもした。

posted by YM at 17:27| 東京 ☔| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする