2010年09月06日

脳内整理

今日は昼から、立川市にある航空自衛隊の航空中央音楽隊に行ってきた。今期、入隊した各地を含む航空音楽隊に入隊した人たちに対して「ジャズ」のレクチャーをするというもので、9人の受講者に対して個人レッスンではなく全体参加で他の隊員の方も聴講可能なものだった。基本は「ジャズ」についての方法論を出来るだけ簡単に説明し、「ジャズ」に対して苦手意識を持たないようにということを軸に、実際出来るだけシンプルな方法で、より「ジャズ」らしさを表現するかということに終始した。

「ジャズ」ということに限らず、何かを新たに習得する際に自分がすべきこと、必要なことは全て共通していると思う。
つまり、これだけ情報が氾濫している中、そのソースの中でどれが真実で虚実なのか?や自分が必要としている情報と、そうでないもののを選択するセンスというのがかなり問われるような気がする。つまり、確かでない情報に「騙されるな」、コンセプト、自分のやるべきことに対して「ブレるな」ということ。

音楽に関しての全ての真実は目の前で繰り広げられている、生音の「演奏」以外にないのかもしれない。そこには加工がないから。

こうやって、特に台本など作らずに思ったままを受講者に話しているうちに、自分でもびっくりするくらい色んなことが瞬時にアタマの中で整理されてくることがわかる。

やはり、誰かに説明するってことは非常に自分にとって有益だ。

目標は難しいことを簡単な表現で説明すること。

これは音楽でも一緒。

今日のヒットは「ジャズをやりたいんだったらサッチモの歌を聴くこと」ってとっさに自分が受講者に向けて発したこと。というか、自分ももう一回ちゃんと聴き直そう。



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2010年08月18日

go through

ー試練ー

それなりに長く生きて色んな経験をし生きてきたり、色んな人の人生を見ると必ずどこかのタイミングで幾度となく試練がやってくる。

思わず手を差し伸べて欲しくなる時もあれば、手を差し伸べてあげたくなる時はある。実際、差し伸べてしただいて助かったし、手を差し伸べて感謝されたこともある。でも実際は自らの力で克服するしかないのだと思う。

この試練は自分自身に降り掛かったことでも、他の人が受けているものでも、これは必然的なものだと私は思っている。またそれは必ず乗り越えられるものとして与えられているものだと解釈するようにしている。

だから必ず乗り越えることが出来る。だから逃げてはいけない。

それは自分が確実にステップアップするための絶好のチャンスでもあり、ひとつの成長過程だからだ。

go through


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2010年08月12日

滑舌

歌手でも演奏家でも常について回るのは「発音」
それは、その演奏家の言語と大きく関係している。
たとえ歌詞のない楽器の演奏ですら、その音をどのように発音するかが大きくそのサウンドに関わってくる。どうやら日本語は英語に比べて「発音」の種類が著しく少ないらしい。よって、アメリカ産の音楽をする時に日本語で発音するとなかなか、それっぽくならない。よって、ちゃんと英語をマスターして英語で発音することが近づく為の最短の方法かも知れない。また、あくまでも日本語で発音することにこだわってカスタマイズした発音法を編み出すという方法もある。でも、後者での成功例はなかなか見ない。

私には沢山の演奏家としてのアイドルが大勢いる。その方々の共通項を見た時に、この「発音」が一つのキーワードになっているということに最近気がついた。

それは皆、演奏の滑舌がいいということだ。つまり、ちゃんと細部まで聞き取れるような発音をしているということだ。それぞれの音色、質感は違えど、きちんと一つ一つの音の粒立ちがよくてクリアだ。ボーカリストに関しての好みも同様で、歌詞がちゃんと聞き取れる方が個人的には好きだ。


トロンボーンという楽器の最大のメリットでもありデメリットでもあるのは構造上の問題で他の管楽器よりも、タンギング(舌先で発音)の量が多いため、このタンギングをちゃんと出来るか、沢山の種類のタングングを持っているかがかなり重要になってくる。

ジャズっぽく演奏する時にタンギングをあまくして曖昧にすることでレガートっぽく聴こえて、あたかも音と音の繋がりがスムーズに聴こえたりすることがあるけども、それがあくまで「曖昧」に演奏しているだけだったりする。

だからこそ、自分自身は「多弁」「饒舌」である必要はないが常に「滑舌」のいい演奏を心がけている。

雰囲気も大切だけど、その一音一音がちゃんと届かないと始まらない。

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2010年03月28日

「強制」と考えるか「楽しみ」として考えるか。

ここ数日間は大きなプロジェクトを抱えていないこともあってゆっくり考え事をしたり楽器の練習に時間を割くことが出来ている。
楽器の練習に関しては今までよりも増して非常にベイシックなことに立ち返っている。それは基礎力を持たないといけないという強迫観念というよりは自分が楽器で表現したいことをスムーズにやりたいという非常にポジティブで自発的な意識なので全く基礎練習というのは苦にならない。それと同様なのが英会話。僕は留学経験もなく圧倒的に留学経験者よりも語学力は劣るけれど、海外の自分の憧れの人とコミニュケーションを直接とりたいという気持ちが強いので積極的に英語を使うし、自分の英会話のスキルをなんとかして上げたい為に今更、英会話や英文法のテキストを引っ張り出してきたり、わからないことがあると人に尋ねたり、辞書で調べたりしている。これは学生の時にしていた勉強とは違って「活きた」勉強なので楽しい。

楽器を演奏することで自分のやりたいこと、しかもオリジナリティのあるものを作るということで必要なのは、表現手段である楽器のスキル向上と、自分が何をしたいかということを明確にした上でのアイディアを
常に持つということだと思う。

毎日の日課でマイナスワンを使ってBluesを演奏するが、さすがに毎日だらだらやっても発展的でないので、演奏する前にコンセプトを考えてからマイナスワンをするようにしている。そうすることで同じカラオケを使ってもアプローチさえ変えれば違うモノがそこには生まれるし飽きることも無い。マイナスワンに限らず反復するものは、ともすればマンネリの極みで知らず知らずにスキルやアイディアが偏ったりする危険性がある。同じことの繰り返しでも常に色んな角度で見たほうが楽しいし。

同じ行為でも、それを「強制」と考えるか「楽しみ」としての行為だと考えるかで自ずと結果が違ってくると思う。しかもかなり違った結果が。



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2009年11月11日

time management

よく周りから寝る間もないほど忙しいでしょう?と言われる。
確かに忙しいのは事実だし超夜型人間ではあるけど人並みに寝ているつもり。(大体一日5時間ぐらい)
僕は周りのトロンボーン奏者と違うのは、リーダーバンドを4つ持ち、それぞれのバンドのライブを日常的にまわしたり、スタジオやサポートものでの演奏以外にアレンジをやったり作曲したり原稿書いたり、音楽監修したり、たまにレッスンしたりと色んな種類の音楽制作に関わっているということで、確かに仕事量や作業量は演奏家としてのみに活動をしている方に比べて3、4倍の労力かもしれない。
でも意外にストレスなく全てをこなしているほうだと思う。これはひとえに時間の使い方が割と器用だからかもしれない。
いわゆる「隙間」の時間を気分転換に別の作業をしたりしているとかだ。
そもそも僕の場合は1回の集中力は45〜60分間位だと認識しているので一つの作業を1時間以上続けることはしない。それはそれ以上続けても効率が下がるだけだから。その代わり休憩中に気分転換として別作業をする。

そうすることで、まんべんなく凝り固まることなくそれぞれの作業のクオリティも上がるような気がする。

要するに自分の時間の管理。誰しも平等に1日24時間をいう時間を与えられているので、その時間をどう管理して使うかが大事だと思う。

それ以上に「音楽」が大好きだからということが一番の機動力になっているのかな?

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2009年11月08日

やっぱ自分の踊り方でおどればいいんだよ。

自分が20代に参加し今の自分の音楽観を培ったバンド「じゃがたら」江戸アケミの言葉。

Image320.jpg

彼の死から19年が経つが未だに彼の影響を受けている自分がここに居る。

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2009年10月16日

香り〜匂い〜音楽

僕はこれらによって過去へ一気に引き戻される。
ある特定の匂いをかいだり、ある曲を聴くとそれをかいでいたり聞いていた時を思い出すのだ。時間がその時に戻ってしまう錯覚さえある。
過去の出来事が自分にとって強烈である程、その時によく耳にした音楽や香り、匂いがその出来事を思い出させる為のきっかけになる。
意図的に自らきっかけを作る事も出来るし、偶然にその匂いや音楽に出逢ってしまいフラッシュバックしてしまう事もある。
知らず知らずに何かにイメージ付けして一つのスイッチを作ってしまう。



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2009年10月11日

なおらないこと。

過去に立ち直れないようなほど自ら傷つくようなことを経験し、二度と同じことを繰り返さないと誓ったのに気がつけば、また同じような過ちを繰り返している自分に気がつく。
学習能力がないわけではない。それなりに痛い目に合ってもう二度とそんな過ちを犯さないようにと誓う。でもまた同じようなことをしてしまう。それは自分の本質だから仕方ないと諦められたり、開き直れたら楽だろう。
でも楽だったらいいかというとそれも違うかな。
「楽」=「幸せ」とは限らないから。
でも、良くないことはなおしたいな、本当に。

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2009年10月07日

自分の感情に対する分析力。

対人関係において相手方の感情、気持ちを汲み取る努力は道徳を学ぶ過程で身に付けるようにしてきたが、実は自分の気持ちや、感情の裏側にある本音、真相をちゃんと本当に理解出来ているかどうか怪しいものだと感じて自戒してみたりした。自分の本当の願望ってなんだろう?って思ったりもした。

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2009年10月03日

気持ちの切り替え

僕は元来気持ちの切り替えが下手だ。簡単に言ってしまうと、それがどんなに遠くても、どんなに近くても過去を引きずる。
作業効率の面や精神衛生面では、きちんと割り切ってその影響下にないような行動が取れたらどんなに楽だろう。
でも僕のような曲を書いたり演奏をするものにとっては、この「引き摺る」ことこそが、いい作品を産み出すような気もする。
その「引き摺る」そのものを作品に転嫁するということなのかもしれない。

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2009年09月21日

エスカレート

「クレヨンしんちゃん」の作者が亡くなったという知らせはセンセーショナルだった。
絶壁から覗き込んで景色を撮影する際の事故だという見解がある。いい絵を撮ろうとするあまりでそれがエスカレートしたために益々危険を冒してしまったとしたら、その精神状態は僕には理解出来るし、彼の気持ちに共感すらする。

そのこと以外の部分でも作家という面に於ける自分の中での葛藤の様子は自分と大きくダブる。

合掌

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2009年09月10日

記念日

去年の今日は自分にとって大きな節目となった。
世間ではネガティブに捉えやすい出来事だし、当時は自分もそう捉えていたけど今はポジティブに捉えるようにしている。
実際この日を前後に、より「音楽」をカタチにするようになったし、自分の内面についても今までないくらい深く掘り下げて自分の過去現在未来を考えたと思う。
だから9月10日というのは自分にとって「記念日」なのだ。

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2009年04月12日

タイミング

新しい事を始める。

継続していた事を止める。辞める。

そういったことをいつ実行するかのタイミングは重要だ。

このタイミングの図り方を間違えると大変なことになる。

でも実は自分の意志ではなく、第三者から強制的に始めさせられたり、止めさせられたりすることのが多いのかもしれない。

自主的にタイミングを計れた方がいいに決まっているが、結論を出せない状態の時は強制的に第三者からきっかけを作ったりしてもらったほうが、一時はキツくても最終的には楽なのかもしれない。

とはいいつつも自分で決めないと後で公開する可能性も高いのかもしれない。




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2009年03月25日

「格差」

世間では「格差婚」なる新語が出来た。

この「格差」というワードがアタマの片隅にあった時に、「雇用」に関する話を知人としていてこの二つのワードがシンクロした。


私は個人事業主なので関係ないが、会社や企業に雇用される者にとっては、ここ最近の過去最大級の不景気によって雇用体制の構造破壊が起こっているようだ。

雇われる人の立場を平たくいうならば、

・正社員
・契約社員(派遣社員も含む)
・バイト

の3つに分類できる。

世間一般的では

正社員>契約社員>バイト
で給与体系、福利厚生、会社への進言などが充実している。
「責任」という意味でもそうかも。
そして世間での見え方としてはバイトより正社員の方がちゃんとしていると見られている。

「格差」が明瞭だったともいえる。

しかし、最近いろんな人から話を聞いているとどうも様子が違ってきていりようだ。

つまり「格差」がなくなってきているようだ。

正社員であっても容赦ないリストラはあるわけだし、給与も大幅な削減によってバイトと大きく違わなくなったり、場合に寄ってはバイトの方か時給という体系の為が正社員より効率がよかったりしてある意味、本末転倒だ。

特に悪さをしたり大きな損失を作らなければ、正社員として働いていたら定年まで無事にクビにならずに勤め上げ、人生の計画を立てられたけど、今はそういう状況ではないようだ。

会社に対して忠誠心を持っていても会社は雇用者を守ってはくれない。
守りたいのは山々だけど、守っていたら共倒れというのが現状だろう。

縛られている割には恩恵に授からない。

だったら、もっと気楽な方を皆選ぶというのも納得できる。

でも実は「バイト」「フリーター」というのは何か別に大きな目標があって、そこへ到達する為のあくまでも一時凌ぎならばいいけど、目標、ビジョンがない状態でただ「バイト」「フリーター」していても
つまらない人生だと思う。



「格差」があるからこそ、人々は上昇志向を持ち努力するし、逆に頑張った人、怠けた人がいるからこと「格差」が生まれるわけでもある。


と、徒然に思った事を書きましたが、あくまで個人的な意見なので皆様に賛同いただかなくても結構ですし、個人的な意見に対しての反論はご容赦くださいませ。


かくさ 【格差】
# 同類のものの間における、価格・資格・等級・水準などの差。 「―が拡大する」「―が生じる」「賃金―」



posted by YM at 14:53| 東京 ☔| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月17日

相手に自分の意思を伝えるということ。

相手の意思を正確に受け取ること。

コミニュケーションというのは、時代が進むにつれ方法が多様化してきている。

確かに利便性は高くなったけども、それとともにやり方を間違えると取り返しのつかないほどのズレが生じてしまうことも事実だ。

携帯メール、添付書類付きのメール、電話、伝言、手紙、直接会って話をする、、、、、、、

いずれにしても、どんな手段を使おうが伝えたい相手の顔を想像しながらそれをすることが一番大切だと思う、今更ながら。


やり方によっては相手に誤解を与えるかもしれない。

しかし、誤解を恐れず伝えることは大切だ。

伝えなければ何も始まらない。


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2009年03月11日

自分が変わらねど

周りが変化し

周りが変わらねど自分が変化し

自分が変化し周りも変化する

本当は物理学的には変化しないものなどは何もない

変化するからこそ面白い。

じっとして疲れるのなら動いて疲れたほうが好き。

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2009年02月23日

それはもしかしたら

「慣れ」とか「達観」「麻痺」のせいだとも言えるが。
        
       ↓

posted by YM at 01:39| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

時間

「切ないもの」を「懐かしいもの」へ


   「苦しかった」ことを「ほろ苦い」ものへ


        「浅い呼吸」から「深い呼吸」へ
 
    
    
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2009年01月30日

直感

どんな素敵な歌詞を書いて、それを歌っても、どんなに流暢に演奏しても、それを聴いたときに僕の中に全く入ってこない音楽がある。

それは非常に分析して判断しているんではなくて、自分の直感から、それは僕にとって響かないものだと判断するからだと思う。

もちろん、人によっては同じものを聴いて、感動したり涙したりすることもあるだろうし、それは否定しない。

でもたまに、自分のフィルターによってはじかれたモノに感動する人たちを見て純粋に「なぜ?」「どこがいいのかな?(歌そのものではなく、お気に入りのアーティストが歌っている歌だから好きなのかな?とか)」って思う。

もちろん、それこそが「好み」の範疇だと言ってしまえばおしまいということもわかっている。

でも、好みという次元を超えて直感的に耳に残る歌詞をそうでないのがあるのは何故だろう?


こういう直感こそ自分は今こそ大切にしようと思う。

posted by YM at 22:42| 東京 ☔| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月22日

「死」の傍

ここ最近になって自分の知人にとって大事な方の訃報を聞く。

以前にも、ここかMixiで「死」について自分の思うことを綴ったことがある。

そのときは「死」の当時者という側面で考えていたが、今回はその傍にいる人。

逝ってしまう本人は「死」の後には何があるのか知る由もないが、それを見守らなければならない傍にいる人の悲しみといったら底知れない。

その人に向かって励ましや労りの言葉をかけるのが精一杯で、それ以上のことがしてあげられない。

もちろん、その方が遺族であれば具体的なサポートをしてあげられるが、その人の悲しみを取り去ることは出来ない。

やはり「時」が解決するしかないのだ。

人の「死」という事実に関しては決して「上書き」など出来るものでも、すべきことでもない。

永久に「保存」だ。

傍にいる人に対して、そっと見守ってあげるしか術はない。

自分を必要としたならば、精一杯手を差し伸べる用意はいつでもあるから。



posted by YM at 01:22| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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