2017年04月07日

「集中」「分散」

色んなことに於ける「集中」「分散」する、させるということをじっくり考えてみる。
posted by YM at 19:59| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「巨匠」の共通点

有り難いことに音楽の様々な分野の「巨匠」の方々と共演させていただく機会に恵まれているのですが、その方々のいくつかの共通点を自分なりに発見しています。
その1つが、その方々のキャリヤ初期には自分に対する投資を積極的に行なって自分の興味のあることをキャッチするための「アンテナ」の感度を常に高めていて、それら情報を一旦自分に取り込んで「自分」のものとしてアウトプット出来るようになって世間が認めたあたりから、意識的か無意識的なのかわからないけれども、インプットにおける選別機能の強化で制限をかけるのか、「アンテナ」の感度を弱めているというカンジがする。
いずれにせよ、あることを持続するための「体力」は加齢によって弱まることは明白で、逆説的に言えば、いかに短期集中するために、それ以外の時間を「楽」に、あるいは「緩めて」過ごせるかにかかっているようにも見える。「OFF(休日ということでなくあくままでも精神的な)」を作るのがあまり得意でない自分にとっては耳の痛い話しでもあります。
posted by YM at 19:59| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今を一所懸命生きないとなぁ

ボクが「音楽」に偏ることなく向き合うことが出来るようになったのは20代後半に「じゃがたら」というバンドに参加したことが大きなきっかけだ。バンドとしてのサウンド、エンターテインメント、ポピュラリティのバランスが良くなり、さてこれからだ!というタイミングでメンバー3人が亡くなってしまうわけだが、その時にボクの喪失感といったらない。
この身近な仲間が志半ばで逝ってしまうという状況の中、色んなことを考えた。
「生」を受けたものはいずれ必ず「死」という現実を免れることは出来ない。やはり生きているうちに自分のやりたいことをやっておくべきだと常日頃から思っている。知人の訃報を聞く度にそう思い、それをこういったポストに書き記している。書き記すことで自分に対してそれを言い聞かすという意味が大きいのだと思う。
我々表現者は自分の死後も、自作や記録メディアに遺されたパフォーマンスが自分の分身、また子供としてフォロワー達に影響を与えることが出来る可能性を持っている。それはとても有り難いことだ。
でもやはり自分が生きている間に、そういう「実感」を味わいたい。
いいものを「遺す」という意識も大事だけれども、やはり常に「今」を懸命に生きないといけないと思う。(まぁ、「今」を懸命に過ごすことでいいものを「遺す」という結果を導くことになるのですが)

いずれにせよ、焦らず、今を一所懸命生きないとなぁ、せっかく奇跡的に51年間も「生かさせて」いただいているのだから。

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posted by YM at 19:58| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月06日

「あーもうどーでもいいや」

時と場合によっては「あーもうどーでもいいや」っていう風に思うことが出来るテクニックはやはり必要なんだなぁと。
(バカ)生真面目(堅物ともいう)故に、そこが欠落気味の私。物事に対してマクロ、ミクロ、両方の観点で見ないと実像を掴めない。

人それぞれ価値観が違うということをついつい忘れてしまう瞬間がまだある。相手に対して、自分の価値観の押しつけは必ずしも
それがその人にとって正しいわけでもなく。まぁ何でも「押しつけ」られて気持ちのいい人なんて誰もいない。

老眼は目の焦点を合わせる筋肉の力の低下が原因らしく、それを
防ぐ為には交互に近くを見たり遠くを見たりすることでその筋力の低下を防ぐことが出来るそう。

長時間、PC作業をする為に最近ではPC眼鏡を着用しているが、試しに眼鏡を着けずに作業したらめちゃくちゃ目が疲れた。知らないうちにPC眼鏡を着けているということが当たり前のことのようになっていると感じた。

大概のことは正反対のものと1つの対になっている。その対になっている対極のどの位置にそれらがあるかだけのこと。これはとても相対的なこと。

posted by YM at 01:39| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「閉じる」

人との「出会い」や「別れ」のタイミングや順番によって、その人生は多く変わるのだなぁと。それを「縁」と片付けてしまえばそれまでですが。

いずれにしても自分自身が「外」に対して「開いて」いないと「出会い」はないし、本来入って欲しいものが、あちらから入ろうとしているものをわざわざ自ら逃してしまう。
無理に引き寄せようとするよりも自らが「開いて」いることが大切。

また「閉じる」ことで自分のものを守ろうとしても自分にとって大切なもの失うものは失うし、去って行く。

posted by YM at 01:36| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする