2017年04月06日

【備忘録】

(演奏に関して)
自分の力3割程度使わずに7割で演奏する方が音色、音質、ニュアンスがより良く発揮出る。
それゆえに絶対量の底上げが必要。

(編曲に関して)
編曲する時に最も大事なのは幾つかの選択肢の中から最も適した「音」を選びプレイヤーが演奏することをワクワクさせるスコアを提供する。(プレイヤーが楽しめずに奏でた「音楽」をオーディエンスが楽しめる確率は極めて低いと思う)

選んだ「音」が本当に必要なのか?を常に問う。
理論上間違っていないものが全て「正解」とは言えない。
スコアに書かれたその音に「必然性」がないと、それは最良の「選択」とは言えない。

過去の優れた編曲者は皆、小編成ででも和声の豊かな立体的なオーケストレーションをし、プレイヤーに演奏することをワクワクさせるスコアを提供する。こういうプレイヤーの「気分」が全体の演奏に多く反映される。「おれ一人くらい、このパートを演奏しなくても体制に影響ないんじゃない?とプレイヤーに思わせるスコア書いてはいけない。


一般的な「禁則」を破るアレンジは、それらを熟知した上で敢えて書く場合と、それらの知識を持たずに書いた場合では全く意味合いと結果が違ってくる。
例えばそれを演奏するプレイヤーとの信頼関係、それに伴う「出音」が。
posted by YM at 01:03| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「がならない」こと、そして「おおらかに」

貞夫さんのビッグバンドに於いて、常に貞夫さんがメンバーに対してディレクションすることは一貫していて、音量が大きくても「シャウト」しないこと」「がならない」こと、そして「おおらかに」。
それらを留意して演奏すると自然と無駄なチカラが抜けて音が「響く」ようになると実感します。

毎回、貞夫さんのカウントによって曲がスタートするのですが場合によってはかなり同じ曲でもテンポが違うカウントになったりします。
特に今晩演奏した「Eye Touch」は今までにない程のスローテンポでした。普通は曲のイメージが大きく変わってしまって良さが半減してしまいのですが、今回のイエロージャケッツのリズムセクションはカウント時と同じテンポでそのテンポでの最適なグループを提供することでこの曲の新たな魅力的な表情を見ることが出来ました。このカンジがとても「Jazz」だと感じました。

レパートリーの殆どが貞夫さんのオリジナル曲でしたが、貞夫さんのメロディがテンポを限定しないフレキシビリティ溢れる曲だからというのも大きな要因かも知れません。

ブラジルテイストの「Simpatico」での貞夫さんのビートよりもちょっと早いタイミングで歌うのは、正にジョアンジルベルトの「あれ」と一緒。(歌う=レイドバックする)の反対のアプローチです。

まだまだ学ぶことが尽きません。

posted by YM at 01:00| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アレンジ法

あながちセオリーから外れていても、いい音がすることもあるのでとても面白い。内声を演奏する人の気持ち、モチベーションにフォーカスするともっともっとメロディックな内声が書けるはず。
和音の機能について話をしていくと必ず「緊張」と「緩和」、「安定」と「不安定」という表現になる。
これって音楽に限らず日常生活においても同様に当てはまるセオリーだと常に思うのです。「バランス」「力学」
実に面白い。
posted by YM at 00:57| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

建築と一緒

レコーディングしたものを違うバンド編成にリアレンジする作業をするのですが、こういった作業をするたびに、「建築」と同じようにベイシックをきちんと作っておくことがとても大切だ痛感します。基礎工事をちゃんとやっていないとその後の「増改築」でとても苦労したり、場合によっては新たに基礎から作り直さないといけないことにもなりかねません。
posted by YM at 00:56| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

情報量で勝負するんじゃなくて

そろそろ「解像度」を追求するのではなくて優れた墨絵のような単一色でどれだけ「立体的」に表現出来るかを追求する時期にきているような。




posted by YM at 00:55| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする