2017年04月06日

CDパッケージ

一応、既成楽曲をアレンジするにあたってオリジナル音源はもちろんの事、色んなバージョンを参考に聴くのですが、今回の楽曲は本家がかなり色んなバージョンで演奏していて、いわゆる世間のイメージとしてはかなり大衆向けの娯楽音楽だと思っていたがさにあらず。オーケスレーションはどのバージョンも大差ないもののインストルメンテーション(楽器の振り分け)に関してはかなりチャレンジしているのが分かります。そういえば、その人の伝記映画見ても常にオリジナルサウンドを追求する為に試行錯誤しているシーンが沢山ありました。
こういう時には本当にAppleMusicは助かります。導入してからというもの今まで出会うことのなかった音楽を知るチャンスが格段に増えました。僕に新しい扉を開いてくれてありがとう。
でも気に入った「音」はその後ちゃんとパッケージを買います。
テキスト、写真、ジャケットに詰まった情報が欲しいので。
posted by YM at 00:40| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ライブのMC

過日のオーケストラのライブでは演奏する楽曲の説明としてその作者、その背景、自分の施した編曲の意図についてをその度にMCとして説明しました。個人的に「こういうの好きだな」と思ってます。その時演奏する曲の説明は必要だし、逆にそれ以外のことってMCでは要らないのかなと。

どうやら近い将来音源リリースが配信メインになるのは必至なわけで、音源についての説明がどんどん削られていくのでせめてライブだけでもこういった説明があったほうが自分のやりたいこと、伝えたいこととかがわかる更に理解してもらえると思うので。

posted by YM at 00:39| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

3ホーンズアカペラ

バンドの中でのホーンセクションのアレンジは二十歳そこそこでルーチンワークとしてしていたけれどtp,ts.tbの3人のアカペラ的なものを最初に書いたのはじゃがたらの「みちくさ」と言う曲のイントロです。 
OTOがコード進行を決めて、それに乗っ取って3管の旋律を作曲する作業でした。
いかに本編のイントロとして相応しい3つのラインが作れるか手探りで作ったのを昨日のことのようにはっきり覚えています。
結果的に自分でも満足いく出来でした。でもこれはサックス篠田昌己さん、トランペット吉田哲治さんが演奏してこそ成立したのでした。
当時の書き留めた五線ノートがまだどこかにあるはずなのでいつか見直してみたいと思います。こういう手書きのノートは財産です。
posted by YM at 00:37| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ここのところ一人作業の時間が増えていて、それはそれでとてもやりがいのあるものだし楽しいのだが、大きな編成を書くことが多いので現場で一気に大勢の人たちと会うことになるので軽く人酔いする。
でもとても楽しい。
今まで毎日会っていたような知り合いも「線」ではなく「点」のような頻度での同席となってくるとその都度のちょっとした変化に敏感になる。というか慢性的で麻痺していた部分の感覚が蘇る感じ。それはそれで新たな発見があったりして楽しい。
長く生きれば生きるほど付き合う人たちとの年齢層が広がる。
若い世代との接触で自分の延長上にはない考え方をそこで手に入れることが出来る。それは熟練してないからこその発想だったりする。

僕がラッキーだと思うのは70-80歳代のレジェンド達と接点を持つことチャンスに恵まれていることだ。彼らから「熟練の技」「知識」「歴史」を得ることももちろんあるが、それ以上にその年代で一線で活躍されている方全てに共通している、音楽に対する「情熱」と「チャレンジ精神」が旺盛な部分に大きく触発させられる。この2つのワードは本来「若者」の専売特許だったはずなのに面白いものだ。

今回のツアー中の移動や食事の時に他愛のない会話が結構面白い。
が、それが日常になると話は別かもしれないが。

たとえ一人作業であっても結局はどの案件も大勢の方々と繋がっているということを最近とても感じている。でも作っているときは孤独だ。でも孤独じゃないと作れないとも思う。

益々「自分と対峙すること」と「人と繋がること」の両方の大切さが身に沁みる。

posted by YM at 00:32| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

映画「JACO」を観ての雑感

「JACO」を観ての雑感

ジャコがウェザーではなくBSTに入っていたら彼の人生は違っていたんだろうなぁ。フロリダのローカルミュージシャンやっていたとしたらとか。(余談だがジャコの息子さんが一時イエロージャケッツに参加していたが、ポップミュージックへ進む為に脱退した)

彼はザビヌルやショーターと一緒に演ったことでジャズのカテゴリーで(も)ヒーローになっていたけれど、ザビヌルと一緒にバンドをやったことが後期の彼の精神的な崩壊へと向かわせたのも事実なんだなとも。
ドキュメンタリーを見ながらザビヌル〜ショーター〜ジャコの関係性が浮き彫りになり、ショーターが何故今あのポジションなのかも分かった様な気がした。

レコード会社と契約していた後期に彼の作った「HOLIDAY FOR PANS」というスティールパンを全面にフィーチャーしたアルバムは、レコード会社にとってセールス面においてNGとされた作品だった。実際僕もそれがリリースされた時、もっとジャコのベース、スタープレイヤーの演奏を期待していたので、そのアルバムにあまり興味がなかった。きっとジャコフリークは皆んなそう思ったと思うし、だからこそレコード会社もNGとしたのだろう。
でもドキュメンタリーを見ると、ジャコが田舎フロリダの仲間と作品を作りたかったという意思がとても伝わってきて、もしかしたらこの作品こそ彼の一つの結果なのかとも感じる様になった。

ジャコ本人も息子もやはりピーターアースキンがとても大事なキーパーソンだし彼らをもっともフォローしたミュージシャンだと思う。(ジャコのバースデーライブ音源も彼のプライベートな音源)
せっかく貞夫さんのお仕事であースキンさんと長い時間ご一緒したのにジャコの話を聞くのをすっかり忘れていたのがとても悔しい。次回是非いろんな話を聞いてみたい。

posted by YM at 00:30| 東京 ☀| 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする